熱海で最初に開発された由緒ある別荘地で、築86年の古民家を再生し、日本で初めての「キュレーションホテル」が誕生した。ロンドンから熱海へ移住した女性が、モダンと伝統を掛け合わせ、瓦解寸前だった「マイナス物件」を、収益物件へと生まれ変わらせたのだ。
手がけたのは、1995年からイギリスで暮らし、うち17年間ロンドンでインテリアデザイナーとして活躍してきた澤山乃莉子だ。彼女は「Forbes JAPAN」が世界を変える30歳未満の30人を選出する「30 UNDER 30 JAPAN 2019」を受賞したアーティスト、リナ・サワヤマの母でもある。
2017年に帰国し、熱海へ移住、キュレーションホテルサロン「熱海 桃乃八庵(とうのやあん)」を手がけ、自身もここで愛犬モモとともに暮らしている。
リビング・ダイニングルームには、最大高さ4メートルの天井に、隆々とした梁がむき出しになっており、アート作品のような照明が吊られている。広々としたその空間は、5つあった和室をつなげ、47畳に広げたものだ。床に目をやれば、すべて黒っぽい和紙畳が敷き詰められており、足裏が心地よい。この和紙畳は自然由来の栗の色素で染めることで、強度をあげ、吸湿性も高いそうだ。
インテリアファブリックには、なるべく化学繊維を使わないようにして、絹や綿、麻の生地が使用されている。家は高台にあり、大きな窓からは、相模湾を見渡すことができる。大きめなソファや椅子が置かれ、ゆったりとした時間が流れる。
いくつかのソファが置かれ、広々としたリビングルーム
日本初のキュレーションホテル
キュレーションホテルとは、プロの審美眼によるキュレーションを通して、優れた伝統工芸やアートを人々の暮らしに伝える場であり、近隣の美術館やクラフト工房など地域資源のネットワークをつくり、観光に生かす「アーツ&クラフツツーリズム」を推進する宿泊施設を意味する。
イギリスでは、世界的な羊毛産業の中心でもあるウェールズ地方で、地域のアーティストやギャラリーと組むなどして、すでにキュレーションホテルの先進例があるという。
澤山も暮らす「桃乃八庵」は、そのキュレーションホテルを体感できる日本初のサロンであり、月1回ほど、さまざまな人を招き、学びの場を開いている。私がここを訪れた時は、澤山が代表理事を務める英国インテリアデザインビジネス協会(BABID)と共催で、インテリアの専門家向けに勉強会が開かれていた。
勉強会では、澤山(右)がこの内装やインテリアを見て回りながら、再生プロジェクトのポイントを解説した(筆者撮影)