「わたしの叔父さん」(C)2019 TIFF
実は、クリスを演じるイェデ・スナゴーと叔父役のペーダ・ハンセン・テューセンは、実生活でも姪と叔父の関係なのだそうだ。スナゴーはプロの女優であるが、叔父は素人。しかも舞台となっている農場は、実際にこの叔父が所有しているものだという。そういう意味で言えば、この作品はかなりドキュメンタリーに近いのかもしれない。
「じっくり腰を据えて被写体を撮った。自分にとって長編2作目だが、前作よりもロケーションや被写体に注目した。ヒロインの女優と叔父さんが、実際に酪農をやっている様子を、間近で見ながら脚本を書いた。農場のリアリティは作品では捉えることできたと思う。グランプリは、とてもハッピーなことだ」
フラレ・ピーダセン監督は、受賞の言葉でこのように語ったが、カメラは固定されたまま、セリフは極力少なく、音楽や音響効果もほとんどない、不自由極まりない映画表現の原初の姿が、この作品では逆に大きな魅力に転化している。
実写商業映画の嚆矢、リュミエール兄弟の「工場の中」を思い浮かべたのも、そのような映画の持つ本来の楽しみを、「わたしの叔父さん」が喚起させてくれたからかもしれない。
映画の未来を感じさせる2作品
「動物だけが知っている」(C)2019 TIFF
コンペティション部門で、一般観客の投票でもっとも多くの支持を得た作品に贈られるのが観客賞だ。今回、この賞に輝いたのは、フランスの「動物だけが知っている」(「Only the Animals」ドミニク・モル監督)だ。物語のつくりとしては、シンプルな「わたしの叔父さん」と比べ、とても対照的な、趣向の凝らされたストーリーテリングが特徴の作品だ。
冒頭は、熱帯のコートジボアールから始まる。背中に山羊をくくりつけて自転車を走らせる青年が映し出される。青年がたどり着いたのは怪しげな祈祷師の部屋。すると、一転、舞台はフランスの雪深い山間部に飛ぶ。夫との仲が煮詰まっていて、不倫の情事にひたる女性。彼女は逢瀬が終わり、自宅に帰る途中で、雪の積もる路上に止められた無人の車を見かける。
「動物だけが知っている」(C)2019 TIFF
彼女が家に戻ると、この地方で女性の失踪事件があったことが、報じられていた。女性は富豪の妻で、大雪の降る夜に忽然と姿を消してしまったのだ。物語はこの失踪事件をきっかけに、5人の人物の物語がそれぞれ順に語られていくが、時系列的には少しずつ過去へと遡り、徐々に「謎解き」がなされていく。
並行して露わになっていく意外な人間関係が面白い。ミステリー的要素はこの作品を牽引していくひとつの興味にはなってはいるが、むしろ愛し愛される者たちが繰り広げる奇妙な人間模様も不思議な魅力になっている。
雪深いフランスの山間地から、赤道に近いアフリカのコートジボアールに繋がる、容易には語ることのできない複雑なストーリーが展開されていくが、この物語作法は、ある意味で映画という表現の進化系とも言えるかもしれない。これほど巧みに物語を構築している作品はあまり見ることはできない。