選手の動きはリアルタイムで再現され、 技の名称や減点まで自動的に画面に表示される。審判はこれを参考に判定する。テレビ画面にも表示すれば見ている人の助けになる。
やはり、実際にやってみないとわからないことがある。“技の辞書”も整備した。どのような動きの連なりなら、どの技が成立したと見なせるのか。体のどの部分の角度がどの程度から、何点の減点なのか。正確にフェアな判定ができるよう、技の辞書にはそれらを逐一、書き込んだ。
こうして17年に、カナダのモントリオールで開催された世界選手権で実証実験にこぎ着けた。国際体操連盟との業務提携を発表しメディアにも取り上げられ、社外からの支持が広がると、確かに体操の採点を支援できるようになれば素晴らしいと社内の雰囲気も変わった。
「本来の富士通は、そうしたチャレンジを好む会社なんです」と藤原。
そもそも、ケミストリーを促すような研修の場を設け、藤原の多少の身勝手に目をつむり、佐々木に週末の開発をさせる余裕を与えてきたのも、この会社だ。ついには経営層も「これ一本に絞れ」とはっきり明言するようになった。
思い込みと手応えが背中を押した
その一言を引き出すまで諦めなかったのは“思い込み”のためだと藤原は言う。
「これをやると決めていたし、世界を変えられると思っていたので。想像できることは実現できるという言葉がありますよね。それと同じで、今は間違っていると言われていることが正しいとされる世界がやってくると思い込んでいました」
佐々木には“手応え”があった。
ゴルフのシステムにも、事業部の反応は薄かった。しかし、ゴルフスクールのコーチには「見たことがない」と絶賛され、富士通が主催する女子プロゴルフの大会会場に持ち込めば一般ゴルファーから大人気で、あっという間に長蛇の列ができた。
「社会には、こうしたシステムへのニーズは確かにある、やっている方向性に間違いはないと感じていました。これは私だけでなく、関わってくれた研究所のみんなも同じ気持ちだったと思います」
システムの開発は20年以降も続けられ、24年には、床や平均台のように選手の動く範囲が広い種目でも、AIを使った自動判定の実現まで目指している。
このシステムは、審判を支援し、選手の技術向上をサポートするだけではない。選手の生活も変える可能性がある。選手の動きをデータ化し、それをゲーム会社などに提供すれば、リアルなゲームづくりが可能になるだけでなく、選手にもなんらかの形での支払いが発生するからだ。
また、見る人の助けにもなる。審判が参照するのと同じような画面をテレビやスマホでも見られるようになれば、技の難しさが理解でき、次にどの技が決まれば逆転できそうなのかも予測できるようになって、観戦の楽しみは大きくなる。対象を体操以外のスポーツにも広げれば、スポーツはますます、多くの人にとって身近な存在になる。ふたりが先導するプロジェクトは、その基盤を構築している。
※この度、Forbes JAPANは初めてとなるスポーツビジネスアワードを開催。業界の第一線で活躍するアドバイザーの協力を得て、スポーツの新たな可能性を引き出したベスト・スポーツビジネスの取り組みを5つのカテゴリーごとに選んだ。その栄冠に輝いた5組にインタビューした記事を2019年10月26日から順次公開する。
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佐々木和雄◎1969年島根県生まれ。1994年に富士通研究所入社。IoTのプラットフォーム研究に従事し、分散処理技術を研究。学生時代は、体育会少林寺拳法部の副将。
藤原英則◎1970年大阪府生まれ。金融機関から富士通に転じ、2015年から、東京オリンピック・パラリンピック推進本部でスポーツビジネスの企画に携わってきた。