アジアのベスト女性シェフが考える「仕事としての料理」

タイ・バンコクのレストラン「ガー」を率いるインド人シェフのガリマ・アローラ(左)


しかし、父親の期待に反して、ガリマは、パリからドバイを経て、デンマークのコペンハーゲンにある世界ナンバーワンレストランの「ノーマ」へと移る。

そして、3年前、既にアジアナンバーワンの座を獲得していた「ガガン」のガガン・アナンドシェフから、インドに支店をオープンするという計画を打ち明けられ、準備のため本店のあるバンコクへと移住する。しかし、このインドでのレストランの計画は頓挫する。

そこで浮上してきたのが、ガガンの目の前にある建物でレストランをやってみないかという話だった。こうして、ガリマのモダンインド料理の店「ガー」はオープンする。

本来のものからずらして新しい味を

開店からもうすぐ2年が経つ。「ビジネス面を面倒みてくれる人がいて、料理に専念できればどんなにいいか……」とため息をつきながらも、「いまはこうした状況に満足している」とも語る。

ガリマが仕事として欠かさないのは、ノーマ仕込みの食材の「採集」だ。

「日々の採集は、新しい食材を探すため。食べてみて、『これは何の味だろう?』とふと手を止めて考えるような、新しい味を提案していきたいからです。食べたことがないからこそ、そこで考える。そうすることで、食べた人の記憶に残る、そんな料理が理想。まったく新しくて、驚きをもたらす味のコンビネーションを考えていきたい」

採集は、地元のシェフのネットワークで出会ったタイ人シェフなどの協力も得て、イーサーン(タイ東北部)など、バンコクから離れた場所まで訪れる。

そのガリマが供する新しい料理は、「スパイスはインド人である私の生活に欠かせない」と言うだけあって、スパイスを効果的に使ったメニューが多い。


(Pork Belly)

「祖母はいつも、さまざまなスパイスの入った箱をいくつも持っていて、それを食材ごとに変えて、使っていた。そんな祖母の姿に魅了されたし、数々のスパイスが織りなす味は、私のDNAの中に組み込まれている」とガリマは語る。

しかし、彼女が手にするのは、先祖伝来の「スパイスの箱」だけでなく、いまだからこそ手に入る多様な食材だ。

例えば、ワタリガニを軽く蒸して、自家製のマカデミアナッツミルクと合わせた料理。ワタリガニは下ごしらえの丁寧さが重要な食材だ。レストランに行っても、小さな殻が混ざっているということも時折あるが、もちろん彼女の店ではそんなことはなく、丁寧な下ごしらえがされている。


(Cold Blue Swimmer crab served with chilled macadamia milk, long peppercorn and jaggery)

これに、島胡椒のようなロングペッパーのオイルや、青唐辛子、玉ねぎの花のピクルス、マカデミアナッツのスライスといったスパイスを加える。この料理に使われている胡椒や唐辛子、玉ねぎは、カレーなどには欠かせない要素だが、ガリマはそこに食材でひと工夫する。

例えば、玉ねぎはそのものでなく花を使い、胡椒の代わりにロングペッパーを用いることで、少し本来のものからずらし、新しい味をつくっていく。彼女の代表料理には、香りという要素が共通するという。
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写真・文=仲山今日子

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