2013年になる頃には、どこを見てもデータが飛躍的に増加しているのは明らかだった。この現象は「ビッグデータ」というフレーズで突如として至るところで見聞きされるようになった。
ビッグデータのすぐ後に続いて登場した言葉や概念は、私たちがクオンツ投資の分野で長年考え、マスターすべく務めてきたものだった。すなわち、予測アルゴリズム、人工知能(AI)、機械学習、そしてデータ・サイエンスである。
こうした概念は、アカデミアの外の世界では比較的用途が少ないように思われていたが、それが急速に変わりつつあった。ワールドクオント財団と、ワールドクオントの複数のベンチャー投資イニシアチブを通じて、私はこうしたアイデアを金融取引とは別の枠組みで考えるようになった。
14年の春、私はニューヨークのワイル・コーネル医科大学で非常に優秀な研究者と昼食を共にした。クリストファー・メイソン博士(40)だ。彼は新しいDNA解析手法の開発に取り組む研究室を統括しており、そこでアルゴリズムを使ってヒトゲノムや病気について研究している。
メイソンは興味をそそられる人物だった。イェール大学で遺伝子学の博士号を取得した彼は、次々と話題を変えながら熱弁をふるった。その話はゲノム学からDNA解析、マイクロバイオーム(私たちの体の内部や表面に住む微生物)、そして、ニューヨークの「微生物ゲノムマップ」を作成するプロジェクトの一環で、市内の地下鉄に住む細菌のDNAを採取するために考案した採取法にまで及んだ。
生理学と生物物理学の准教授であるメイソンは、米国航空宇宙局(NASA)とも共同で研究を進めており、微小重力やその他の宇宙空間の環境要素がDNAやRNAに与える影響をテストしていた。また、火星への移住を検討する500年にわたる研究計画を考えていると話し、彼自身がその成果を目にすることはないという自明の事実にも言及した。
昼食を終えると、メイソンはDNA解析が行われているウェットラボと、コンピュータ解析が行われているドライラボを案内してくれた。ドライラボで私は彼の事業に親近感を覚えた。そこはワールドクオントのオフィスと非常によく似ており、同じ間仕切りとコンピュータが並び、多くの同じプログラムを使用していたからである。そして地味な業界に若く優秀な人材が集まっている雰囲気も似ていた。
この訪問からほどなくして、ワールドクオント財団はワイル・コーネル医科大学に100万ドルを寄付し、年間5万ドルの学内研究奨学金制度を設置した。以来、メイソンの研究グループはこの奨学金制度から3つの奨学金を獲得している。
その後、メイソンと私の関係は慈善事業を通じた寄付以上のものとなった。あの最初の昼食以降、私たちは夕食を共にしたり、電話やメールでやり取りをしたりしながら交流を続けた。数量ファイナンスや予測生物学、疾病のモデル化の可能性について議論し、彼は論文を送ってくれたり、研究室での発見を報告してくれたりした。