“熱帯雨林”だったNYの地下鉄
「対象が何であっても、そのすべてを『予測』できるようになりたいのです」
メイソンと初めて話をした際、彼はそう言った。私はその言葉に興味を引かれた。何とも野心的な考えだったからだ。彼の言葉は、私自身のアルファに対する途方もない目標を思い起こさせた。メイソンは、ワイル・コーネル医科大学で携わっているどのプロジェクトにも「予測」という要素が組み込まれていると強調した。そして、こう説明したのだ。
「医療では、それに生物学の大部分では、どこを探せば最も有益な情報が見つかるのか分かっていないことが多い。健康状態や疾病の有無を最も明確に示す分子署名(ある細胞に特徴的な遺伝子などの発現様式)がどこにあり、どのような種類があるかは、いまだに解明されていません。『対象が何であっても、そのすべてを予測できるようになりたい』というのは、がんの進化や、感染症への理解を分かりやすくするために、最大限に活用できる枠組みを構築したいという意味なのです」
ニューヨークの地下鉄に存在する微生物やウイルス、潜在的な病原菌と、そのゲノムをマッピングするメイソンのプロジェクト「パソマップ」により、人の乗り降りが多い地下鉄について多くのデータが明らかになった。例えば、検出された微生物の48%が未知の微生物であった事実などだ。1日550万人の乗客が利用するニューヨークの地下鉄は、“熱帯雨林”を調査するようなものだった。パソマップは、後に「メタSUB」として知られ、世界中の大都市で行われるようになった類似イニシアチブの第一弾となり、マイクロバイオームの世界に光を当てた。
マイクロバイオームは、進化の歴史の中で、はるか昔に人類の体内で私たちと共生するようになったが、その存在を意識している人は少ない。じつは、私たちは一人ひとりが約100兆個の細菌を持っており、その重量は約1.4〜2.3kgに及ぶ。そして私たちはその細菌の痕跡を、地下鉄の手すりや回転ドアからドアノブや電話まで、あらゆるものに残しているのだ。
メイソンは、人間の健康にとってのマイクロバイオームの重要性、その多様性が失われることの重大な影響を強調する。マイクロバイオームは単に大量の細菌の集まりを指すのではなく、そういった細菌が持つ遺伝子のことも指している。その量は、ヒトゲノムの100倍になる。こうした細菌の遺伝子は、消化、栄養摂取、免疫系の健康、食欲や体重増加の制御に必要なプロテインを生み出す。人間の体内の細菌は、主要なビタミンはもちろん、体内のセロトニンの90%、ドーパミンの50%を含む、約700の“薬剤”を生み出している。その中には時折、病原菌も現れる。