ビッグデータから「予測の時代」へ クオンツが生命工学も変える


パソマップ調査には、どの駅にどんな細菌がいるかを調べることよりも重大で、長期的な目標があった。微生物を繰り返し採取することで、長期的な疾病監視調査やバイオテロ事件の発生、大規模な健康管理施策を評価するための基準を確立する目的があったのだ。つまり、さまざまな用途で予測に役立つように設計された調査だったのである。

解析されたゲノムは、それが地下鉄に住む微生物のものであれ、がん治療を受けていて遺伝子配列がスクランブルされている患者のものであれ、さまざまな信号を発信している。メイソンは、人類が個々人の細胞と細胞間のコミュニケーションを監視・解析できるところまできた、と考えている。高速で費用対効果に優れた解析手法を使い、どんながん細胞が相手でもすべての変異を調べることができるからだ。
メイソンは、今後は2つの課題があるという。1つ目は、どうすれば技術的に患者が持つ個々の細胞や個々の分子を捕捉し、正しく解析できるか、という問題。2つ目は、例えばがんのように見つけにくく、頑固で、性質や細胞、病態などの不均一性が高い疾患の場合はどうモデル化すればよいのか、という問題だ。

「体内のある特定の細胞のDNA配列を調べ、できる限りそのすべてについて理解したいですね。配列の変異状態は、疾病リスクという意味では何を意味するのか。その人の健康について何を示しているのか。どんな薬が有効か。こういった問いに答えるために、ビッグデータと、より優れたテクノロジーが必要になります」

私たちは、「はたして30年通用し、持ちこたえられる金融モデルを想像できるか?」というような話もした。もちろん、そんなモデルを構築するのは不可能だ。
 
しかし、予測医療ではそれが最も重要になる。例えば15歳や18歳の患者に対して、ゲノム診断の結果、「乳がん予防に両側性乳房切除術を受けたほうがいい」と告げる必要があるかもしれないからだ。仮にBRCA1遺伝子に変異が見つかった場合、患者は乳房を切除してでも自分の命を救うかどうかを決めなければいけない。これは、患者がその後の人生について熟慮したうえでしか下せない決断だ。

会話を続けるなかで、メイソンと私はより効果的に疾病をモデル化するためには何が必要かを話し合うようになった。案の定、リストのいちばん上にきたのは資金だった。資金があれば、メイソンはより多くの研究者を雇うことができる。また個々の細胞を調べ、より多くのがん細胞の高速解析や複雑な分析を行うために必要な高機能設備も購入できる。

私たちは、それぞれの事業が刺激を与え合う機会を設けることにした。確かに、ワールドクオントの目標はメイソンの目標とは別で、両者のモデルが大きく異なるのは事実だ。しかし、どちらも多くの博士号取得者やコンピュータ科学者、IT専門家を雇っている。また、どちらも研究開発を行っており、データを糧としている。さらに、多くの同じプログラミング言語を使用し、“言語”の面でも似た数学と科学の用語を用いている。そして、数量分析志向の考え方も共通していた。
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文=イゴール・トゥルチンスキー イラストレーション=アレクサンダー・ウェルズ / フォリオ 翻訳=木村理恵

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