ビッグデータから「予測の時代」へ クオンツが生命工学も変える


メイソンの研究室は、いろいろな意味で私の会社とは別世界だった。彼らは世界的に有名な医科大学の一員で、疾病について学び、予測し、制するための取り組みに携わっており、ワールドクオントのように変化し続ける市場からリターンを絞り出そうとしているわけではない。

それでも、私たちは“同じ言語”を話していた。どちらも、極めて複雑で非線形的なシステム(直線的ではなく、作用や原因と結果や効果の間に比例関係がないシステム)が発している信号を抽出しようとしていた。どちらも、コンピュータ科学を使って飛躍的に増加するデータの中にパターンを見出そうとしていた。

もちろん、両者に違いがあることを無視すべきではない。ワールドクオントでは、数カ月あるいは数年は通用するかもしれない何千もの“アルファ(大量のデータを分析して作成される将来的な金融取引のパターンを予測するアルゴリズム)”を構築している。

一方でメイソンは、患者が30〜40年に及ぶ計画を立てられるようにするための一握りのモデルの開発に焦点を当てている。医療では数量分析研究のパラダイムが逆転している。
 
金融取引の世界では、アルファが短期間しかもたずに消滅することに慣れている。取引市場は急激に変化するからだ。例えば51%の確率で勝つことができれば、私たちは十分にやっていける。医療の世界では、それではとてもではないが、よいモデルとは言えない。

「『あなたのがんが進行の早いものか、50%程度の確率で当ててみましょう』と言われたら、それはひどい話ですよね」と、メイソンは言う。

「一般的に、医療では最低でも80〜85%の確率で正しくなければ、まともに取り合ってもらえません。『あなたは死ぬかもしれませんし、死なないかもしれません。コインを投げて表裏で判断しましょう』などとは言いたくありませんから」

それでも、複雑で絶えず変化し続ける現実を完璧に表すモデルなど存在しない。市場はそれぞれに違い、それは患者とて同じだ。それに変化は絶えず起きている。こうした点は、メイソンたちにとって大きな課題である。最終的に、私たちは数量ファイナンスと数量ゲノミクスの連携について話し合うようになった。互いに相手から何を学べるだろうか、と。
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文=イゴール・トゥルチンスキー イラストレーション=アレクサンダー・ウェルズ / フォリオ 翻訳=木村理恵

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