ビッグデータから「予測の時代」へ クオンツが生命工学も変える


ビッグデータから「予測の時代」へ

私は、「ビッグデータの時代」は過ぎ去ってしまったか、そうでなければすでに常態化したものだと確信している。私たちはビッグデータを存在して当然のものと考えるようになっているのだ。

とはいえ、大量のデータを保有していることと、それを有益なものにすること、つまりアクセスが容易で、理解でき、そのうえ「予測に役立つ」データにすることはまったく別の話だ。私はすでに後者が始まっており、人類はこれから非常に長い期間、その作業に取り組み続けることになると考えている。 私たちは、いまや「予測の時代」に入ったのだ。私たちが予測しようとするもののすべて、それが証券の価格であれ、売上高や失業率、天気、健康であれ、データ量は飛躍的に増加している。

ここでのよい知らせは、特定の数学的法則に従えば、データが非直線的なペースで増加し続ける限り、予測可能性は直線的に高まっていくはず、という点だ。すべての要素が一定に保たれれば、データの観点からはあらゆることがますます予測可能になる。

「予測の時代」は遠い未来の話ではない。実際、予測の力はすでに大きな影響を及ぼしている。企業は、予測の力で製造やマーケティングを効率化している。ワールドクオントでは、投資家に質の高いリターンを提供する能力が強化されている。ワールドクオントが前出のメイソンと共同で立ち上げた研究イニシアチブのような精密医療の分野では、予測の力で寿命を延ばす、あるいは命を救うことが期待されている。

テクノロジーは、予測の時代で成功するには欠かせない。機械学習とAIを用いて今日の膨大なデータを分析し、活用する組織は、技術的にそこまで高度な能力を持たない同業の組織より優位に立てる。

しかし多くの人が恐れているように、世界が機械に支配されつつあるわけではない。人間は、技術的な数量的な分析を学ぶことで、必要不可欠で重要な存在であり続けるだろう。私たちには、数多くのアイデアや意見を持つ数多くの人材が必要だ。なぜなら、より正確な予測モデルを構築するカギは、さまざまなモデルを組み合わせることにあるからだ。

適切な人材が集まったら、今度は予測モデルを迅速かつ簡便にテストできる能力が必要になる。ここでは、シミュレーション技術が重要な役割を果たす。機械学習とAIはより多くのモデルの開発に役立ち、開発プロセスの中心を担う人間の役割を拡大する。テクノロジーの力を借りることで、人間は一つのモデルではなく何千ものモデルを考案することができるようになる。

私たちは、まだ“理想郷”に到達できていない。ひょっとすると、到達することはないのかもしれない。ここでの悪い知らせは、テクノロジーや接続性、複雑性が、強力な反発を招きかねない点だ。まるでソネットが研究したケブラー製の高圧タンクに生じるひびか、あるいはピークに達しつつある株式市場の変動性のように。

データの飛躍的な増加によって世界はますます複雑になり、その間にも事象の発生頻度は加速し、世界は地政学的にいっそう混沌とした状態になっている。また、さまざまな問題が不安や懸念、政治的な反応を引き起こしている。例えばプライバシーや情報管理の問題、そして相互につながった、データが豊富なこの世界で活躍できる人々と、苦戦する人々の格差の広がりという問題だ。いまは、すばやい移動と瞬時のコミュニケーションが可能な時代である。そのため、一部の組織が事象をより正確に予測できるようになっている間にも、世界はいっそう複雑さを増している。

そして、ものごとを正確に予測できなければ、あなたもその複雑さに簡単に呑まれてしまうかもしれない。あなたが一個人であろうと、会社のCEOであろうと、あるいは国のリーダーであろうとも。


イゴール・トゥルチンスキー◎数量的資産運用会社「ワールドクオント」創業者兼CEO。ゲーム開発者を経てAT&Tのベル研究所のソフトウェア開発者に転身。その後、当時まだ世界でも新しかった「クオンツ」(数理分析専門のトレーダー)の1人として資産運用大手ミレニアム・マネジメントで活躍。2007年から現職。

ワールドクオント◎2007年創業の数量的投資会社。ミレニアム・マネジメントのクオンツ部門として生まれ、クオンツ投資(数理分析にもとづく投資)で急成長。140人以上の博士号取得者を抱える。

文=イゴール・トゥルチンスキー イラストレーション=アレクサンダー・ウェルズ / フォリオ 翻訳=木村理恵

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