「NPO法人になっといた方がいい」
「ある日、ふと立ち止まったんですよ」
突然、大﨑はそう言い出した。それは11年前のことだという。大学を卒業して吉本興業に入り、40年間テレビ局に毎日通っては、視聴率競争など勝ち負けの世界を生き抜いてきた。40歳になるまでゆっくり座ってモノを食べたことがなかったほどだ。忙しさ、慌ただしさ、時間との闘い。しかし、ふと立ち止まったのは、11年前、沖縄国際映画祭を立ち上げたときだった。彼はこんな風景を目の当たりにした。
「沖縄国際映画祭のオープニングが近づいてくると、地元の人たち、子供たち、おじいやおばあが一緒になってニコニコ笑いながら準備作業をやっているんです。勝った負けたの場所もある意味正しいんですけど、彼らを見るとそうじゃない我々の役目や存在価値があると気付かされます。勝ち負けじゃない、共感を得る笑いや許す笑いもあっていいんじゃないかと思いました」
沖縄には辛い歴史がある。沖縄国際映画祭を通して、歌って踊り、笑いのパワーを得ることで少しでも気持ちを紛らわせて欲しいという思いもあった。笑いの存在意義を改めて感じるチャンスとなった。
競争の世界にはない、笑いの可能性。それに気付かされた大﨑は突拍子もない提案を現社長の岡本昭彦に持ちかけた。
「30年後とか50年後に(吉本興業は)NPO法人とかなっとったほうがいいんじゃないかな。儲けたってしょうがないし、病気の時のために貯金もしとかなきゃだめだけど、稼いだところで給料たくさんとるわけにもいかないし」
その頃、大﨑はまだ「ソーシャルビジネス」という言葉を知らなかった。お金と関係のない世界はNPOじゃないかと思い、思わず出た言葉だった。岡本も「いいですね、それ面白いですね」と返した。
稼げば稼ぐほど競争の世界にどんどんはまっていく。しかし、大きな会社でたくさん働いたほうが偉い、賢い、そんな物差しに疑問を感じていた。「町の工場の親父の哲学と大企業の社長さんの哲学を比べることはできない」。大﨑は新たな物差しを求めて行動し始めていた。
ユヌスとユヌスの活動を日本に広める活動を精力的に行なっている九州大学特任教授の岡田昌治から直接「ソーシャルビジネス」の話を持ちかけられたとき、「お願いします!」とすぐに返事をした。自分の当時の問題意識とユヌスの考え方が合致し、「ユヌス・よしもとソーシャルアクション(yySA)」の計画が進んだ。
調印式にて
吉本はもともと2011年から47都道府県に芸人と社員を住まわせ、地域貢献活動をさせていた。人手不足、高齢化、過疎化など地域に潜む様々な問題を地元住民、企業、自治体などと協力しながら解決へと導いていく。その活動を事業化するのが「ユヌス・よしもとソーシャルアクション」だ。利益の最大化ではなく、社会問題の解決が目的、財務的な持続性を持つ、楽しみながら取り組む、などユヌスのソーシャルビジネス7原則を守りながら会社として初年度の黒字化を目指している。