居場所のない彼を救ったのは、吉本に所属する芸人だった
競争の世界の中で勝ち続けてきたように見える大﨑は、なぜ今になって競争の世界から遠ざかろうとしているのか。すると、意外な答えが返って来た。
「もともと勝ち負けが大っ嫌いやったんや。ノルマとか競争とか嫌じゃないですか。学校に行くのが嫌いで、学校行ったら勝ち負け言われるから。先生に『大﨑は何で18点やねん。他の子は80点、90点やで。どうしたんや』って言われて「そりゃあ田中くんずっと勉強しとったから。俺は勉強していないから18点や。何いうてはるんやろ』って思ってました。ずっと勝ち負けのないところにいきたいと思って、吉本に入った。同期は同じ釜の飯を食う仲間だと言いながら、水面下で足を蹴られて、ぼーっとしていると負けるんですよ。そんなせなあかんのやって思いながら、結果負けるんですよね。負けて、居場所がなくなる」
居場所のない彼を救ったのは、吉本に所属する芸人だった。入社2、3年の頃、なかなか仕事を任せてもらえず、一番暇な時だった。明石家さんまがこんな番組を今企画している、島田紳助がこんな映画を作ろうと思う、と気軽に大﨑に声をかけた。「こんなアホな俺になんでこの人たちは話しかけるんだろう」と思いながら嬉しさがこみ上げた。
ダウンタウンに出会った時も、「うわ、この人たち面白い。まだこんな面白いやつおったんや」と感動した。まだ評価されていなかった2人にある日、喫茶店に呼び出された。
「大﨑さん僕らのことどう思います?」「面白いと思うよ。全然他とちゃうから」「じゃあなんで売れないんですか」「せやねん、わからへん」「じゃあ3人で頑張ろう」
初めてマネージャーにつき、どんな仕事をするかもよくわからないまま、真っ白なスケジュールに一つ一つ細かく予定を入れ始めた。ぽっと出の若い芸人には仕事ももらえない。打ち合わせ、古着のスーツを見に行く、など直接お金にならない予定も入れた。1年半は仕事があまりなかった。
大﨑が入社した当時、社員の多くが売れているタレントのマネージャーにつきたいと思っていた。「落ちこぼれで窓際だった」大﨑は、売れているタレントにつくことは難しかったため、同じように競争に負けていた芸人についたのだった。彼はそれを「ラッキー」だったという。
競争が嫌いだった大﨑はダウンタウンが爆発的に売れたことで、皮肉なことに競争に勝ち続けることになる。しかし、それでも競争が嫌いだった自分、競争で負けても声をかけてくれた芸人たちの心根の優しさを忘れることはなかった。