会社がこのような取り組みを経営しているバレエカンパニーは、世界を見渡しても他にありません。
一人のバレエダンサーだった僕が、なぜ事業を手がけて法人化したか。それは、「次代の熊川哲也を発掘しなければ」と思ったことが大きいです。正直、会社としては、熊川哲也があと5人いれば、売り上げは5倍になる。60回やっている公演が300回できてしまうわけだから。僕自身は、バレエダンサーとして、自分の美学に反していないレベルならずっと舞台に立ち続けたいとは思うけど、いつかは去らなければいけない時が必ず来る。そのときにどうやってカンパニーを維持できるかを考えたとき、自分のメソッドを叩き込んだ後継者を育てなければと思ったんです。
お金がある人が会社を作るのは簡単です。それは投資と同じことだから。でも、僕は今後自分がどうなっていくかわからないなかで、「バレエダンサーの次のステップ」を考える必要に迫られていました。
1つの大きなきっかけは、35歳のときに経験した大怪我ですね。「海賊」の上演中、ジャンプの着地に失敗し、右膝前十字靭帯断裂。20年のキャリアの中で初めて舞台を降板しました。靭帯再建施術を受けてのリハビリ生活で踊れない日々が続き、熊川が踊れなくなったカンパニーの状況に直面することになりました。自分なしでも成立するカンパニーを育てることが避けられない課題だったんです。
芸術とビジネスの融合。美しいバレエの世界を拡張する「トータルアート商社」を目指す
アートとビジネス、芸術と事業を両方うまく行かせるには、自分のマインドセットをうまくそれぞれにフォーカスする必要があります。
芸術家は、極端なことを言えば、慈善事業家でもいい。だって、芸術は「自然」をつくるのと同じことだから。僕らは、木や花を植えて「キレイでしょ」と見せるのと同じことをしているんです。本来はそこに行かなくてはいけないわけですが、ただ、美しい舞台をつくるためにはどうしてもコストがかかってしまう。美しいものは夢として与えたいと思うけれど、そこで対価をもらわないとシアタービジネスは成り立たないんです。