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令和のナイチンゲールたち

RUNSTUDIO/Getty Images

5月には母の日、6月には父の日。全国の小学校や保育園では親へのプレゼント製作が定番となっていますが、近年このイベントが中止になるケースが増えています。背景には家族の多様化がありました。

ひとり親の割合は平成元年から83%増

児童のいる家庭の中でひとり親と子どもだけの家庭の割合は、平成元年に4.1%だったのが平成29年時点で7.5%に増加。世帯ごとの子どもの数を同じと仮定すると、ひとり親家庭の子がクラスに2~3人いる計算です。

祖父母と子どものみの家庭なども含めると、父母の一方と暮らしていない子どもがクラスにいるのはもはや「当たり前」の状況です。複雑な感情を抱えつつ、父母と暮らしているかのようにイベントの日に振る舞うこ子どもたちも存在します。また戸籍上は父母と暮らしていても、一方の父母は家庭を放棄して音信不通など感謝のしようもないというケースもあります。

送り相手がいない子がいて当然の状況では、「お母さん/お父さんへのプレゼントを作りましょう」というイベントを見直す動きが出るのも当然かもしれません。

「離婚する親が悪い」という問題ではない

この動きに対して批判的な意見も少なくありません。最もよく聞くのが「身勝手に離婚する親が悪い」という意見です。自業自得だから気にする必要はないという主張に筆者は賛同できません。

まず、「ひとり親になるのはすべて身勝手な離婚が原因だ」という決めつけに誤解があります。ひとり親になる理由はさまざまで、死別など防ぎようがないケースが多くありますし、繰り返される虐待から子どもを守るために配偶者から逃げ出す親もいます。子どものことを考えず自分の都合だけで離婚する親は極めて少数派でしょう。

また、子どもの視点が皆無なのも賛同できません。仮に親が自分のことしか考えずに離婚したケースであっても、離婚の選択権は子ども自身にはありません。親がどうであれ、中心に考えるべき子どもにとっては自業自得ではないのです。

固定した呼称は多様な現実を隠す

別の角度の反対意見もあります。「一部の子どもが可哀想だからと、イベントを中止する動きの方が可哀想だ」「子どもの頃から父母に育てられるのが“普通”であることを教えるべき」などです。

しかし、私はひとり親の家庭が必ずしも可哀想だとは思いません。可哀想だとしたらひとり親の家庭で育っていることではなく、自分と異なる家庭像を押し付けられ、家にいない存在への感謝を強要されることでしょう。

また「普通」を教えるべきという意見も現実的とは思えません。前述した通り、父母の少なくとも一方がいない子どもは平均的なクラスには数人います。父母が両方いる家庭の方が今のところ「多数派」ではありますが、そうでない子どももAB型の人と同じくらいの割合で存在します。多数派しか存在しない建前ではなく、多様性がある現実を教えることが大事ではないでしょうか。

文=秋山宏次郎

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