そんな中、アメリカ現地から「アメリカの今」を日本語で伝える活動を続ける、ジャーナリスト、エッセイスト、洋書書評家、翻訳家の渡辺由佳里氏にメールインタビューした。
渡辺氏は1995年より、アメリカ人の夫とボストン近郊在住。「ニューズウイーク日本版」で【2016米大統領選】最新現地レポートを担当したほか「ベストセラーからアメリカを読む」を連載中。
「cakes(ケイクス)」では「アメリカはいつも夢見ている」、「アメリカ大統領選、やじうま観戦記」、Findersでは「幻想と創造の大国、アメリカ」を連載するなど、現地の現在、そして過去、未来を現地から日本語で紹介している。作家としても、2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。
その選書眼、書籍の評価軸には定評があり、新刊洋書を紹介するブログ「洋書ファンクラブ」は、多くの出版関係者が選書の拠り所にするほか、定期的にチェックする読書人が多いことで有名だ。
英語の業務メールに抵抗をなくすためにも効果的な、「完読できる洋書」も教えていただく。
──まずは、自分以外の世界への「思い込み」についてうかがいます。日本にも読者の多いナイジェリアの作家、チママンダ ・アディーチェ氏が、アメリカの大学でルームメイトに英語が達者であることを驚かれ、「持ってるCDはやっぱりアフリカの民族音楽よね?」と言われたそうです。アディーチェ氏は「会う前から彼女は私を、かわいそうなアフリカ人の女の子と思っていたんでしょう。きっと、アフリカについての『シングルストーリー』しか知らなかったんですね」と語っています。
私の夫はアメリカ国籍の白人なのですが、付き合いはじめた1980年代後半に彼の故郷で体験した「シングルストーリー」があります。
彼の実家はニューヨーク郊外のコネチカット州にある裕福な町で、日本人はほとんどいませんでした。その町のリッチな白人たちにとって知っているアジア人はちょうどテレビニュースで話題になっていたベトナム難民の「ボートピープル」だったのです。そのために彼らは私に過剰に優しくあろうと努力しているようでした。
招かれた夕食の席で、その家の奥さんが最後に出てきた市販のミントチョコレートの残りをかき集めて私に「持って帰りなさい」と押し付けました。「かわいそうだから何かをしてあげたい」という善意なのはわかるのですが、それはアディーチェさんが語っていた大学のルームメイトと同じ感覚だったのだと思います。
彼女に恥をかかせたくないのでそのまま受け取りましたが、かなりショックな体験でした。
──世界に対する「偏見」「ステレオタイプ」を去るために、日本にいながらにしてわれわれにできることは何でしょうか。読むべき本もあれば、教えてください。
偏見やステレオタイプをなくすために最も役立つのは実際に多様な友達を作ることですが、それができない環境にいる人にお薦めするのは読書です。私の父は非常に偏見が強い人だったのですが、その影響を最小限にし、見識を広げてくれたのが幼い頃から読み漁った海外の名作文学でした。
ノンフィクションばかり読む人がけっこういますが、私は、全世界1000万部突破のベストセラー『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来』の著者、ユヴァル・ノア・ハラリといったノンフィクションも読みつつ、人間を深く理解するために小説を読むことをお薦めします。多くの良い本が翻訳されていないので、できれば原書で児童書も読んでいただきたいです。
英米の小学校高学年から高校生を対象にした児童書では、差別や偏見をテーマにした胸を打つ小説が数えきれないほどありますので、ぜひお読みいただきたいです。児童書はわかりやすい単語や表現を使っていますしページ数も少ないので、日本の高校で学ぶ英語力があれば洋書初心者でも完読は夢ではありません。
『モッキンバード』(ニキ・リンコ訳、明石書店、2013年刊)原著:Mockingbird(Kathryn Erskine著、Puffin Books、2011年刊)
『ジョージと秘密のメリッサ』(島村 浩子訳、偕成社、2016年刊)原著:George(Alex Gino著、Scholastic Press、2015年刊)
『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ(海外文学コレクション)』(服部 理佳訳、2018年、岩崎書店刊)原著:The Hate U Give(Angie Thomas著、Balzer + Bray/HarperCollins、2017年刊)
(詳しくは渡辺由佳里氏「洋書ファンクラブ」https://youshofanclub.com/blog/ を参照のこと)