──その他、実際に旅行したり、国外で生活したりしなくても「遠くまで」行くために、あるいは日本から、世界の重層性に意識を向けたりするために、私たちにできることは何でしょうか。
私は1980年代に短い間ですが日本語学校で働いたことがあります。そのとき、アジア諸国からの留学生のビザ延長のお願いをするために何度か入国管理局に付き添いをしたこともあります。
そこで学んだのが、アジア諸国からの学生が日本であまり良い扱いを受けていないということでした。今の日本には当時より外国籍の方が増えていると思います。その方たちと知り合って、援助してあげると、遠くまで行かなくても世界を学ぶことができると思います。
──今年のアカデミー賞で、白人運転手と黒人ミュージシャンの交情を描いた映画「グリーンブック」が作品賞を受賞しました。これについて「ニューヨークタイムズ」紙のウェズリー・モリスという黒人の批評家が、30年前に「ドライビング・ミス・デイジー」がアカデミーを受賞したことも引用しながら、「ハリウッドは、相変わらず民族的な『和解ファンタジー』の呪縛から解放されない」と言っていたのが印象的でした。
白人が自分のうしろめたさを打ち消すために、心温まる物語で歴史をマイルドに書き換えるのがこの和解ファンタジーなのでしょうね。
近年そういった批判をされたベストセラーの小説とそれを映画化したものでは、「The Help(邦題「ヘルプ〜心がつなぐストーリー」)」があります。
公民権運動が盛んになっていた60年代アメリカ南部での白人女性と黒人のメイド2人の物語で、心温まるストーリーなのですが、白人女性の作者が主人公の白人女性を良い人として描いていることで、黒人の読者からは「和解ファンタジー」という感じで批判されていました。私も読んでいて、そのあたりに居心地の悪さを感じたのは事実です。
アメリカでは日本人はマイノリティなので、日本からアメリカに来た方はマイノリティの気持ちを想像しやすいと思います。でも、日本に住んでいる日本人はマジョリティなので日本でのマイノリティの気持ちが想像しにくいのではないかと。
アメリカの『和解ファンタジー』について知った方は、この機会に「場所を日本に置き換えたらどういうものになるだろう?」といったことを考えてみてもいいかもしれません。
渡辺由佳里◎1995年よりアメリカに移住。小説『ノーティアーズ』、小説『神たちの誤算』、『ゆるく、自由に、そして有意義に』、 『ジャンル別 洋書ベスト500』、『どうせなら、楽しく生きよう』など著書多数。ベストセラーになった翻訳作品には、糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』がある。