その発表を聞いて関係者が立ち上がり、喜びを爆発させる。その輪の中心にいたのは、ドイツ人ヘッドシェフのトーマス・フレベル。自らにもチームにも高いハードルを課す厳しさで知られる彼の目にも、涙があった。
2月18日、パリ。今年新設された「ワールド・レストラン・アワーズ」の授賞式会場、パレ・ブロンニャールには世界から600人の有名シェフやメディアが集まった。
19世紀に建てられた旧証券取引所の由緒ある建物の前には、レッドカーペットが敷かれ、森を思わせる優美な装飾が施されたホワイエではシャンパンがサーブされ、著名シェフや生産者たちが料理を提供していた。
アラン・デュカス、ヤニック・アレノ、パスカル・バルボといった、フランス料理界の巨匠たちも顔を揃え、その関心の高さが伺えた。「世界を探索する」がこのアワードのキーワードで、それを象徴するように、最も映えある「今年のレストラン」には、南アフリカの「ヴォルフハット」が選ばれた。
アワードは、事前に選ばれた「ショートリスト」と呼ばれる候補の中からこの日世界一が発表されるという形式。全18のアワードカテゴリーのうち、日本から唯一「今年の新店」部門で世界一に選ばれたのが、INUAだった。「世界を探索する」というコンセプトにマッチしたINUAとは、どんなレストランなのか。それは、あらゆる意味で、異色のレストランだった。
フレベルシェフを中心に、左が郡司社長、右が居駒支配人(Photo by Dominique Charriau)
飯田橋で、客単価は4〜5万円
東京・飯田橋。「失われた20年」が30年になろうとするこのご時世に、飯田橋のど真ん中、控えめに言って東京の一等地に、自社ビルとは言え、2フロアを丸々使った壮大なレストランを作ろう、というアイデアは、なかなかに突き抜けている。「KADOKAWA」は2018年6月、全く畑違いのレストラン経営に乗り込んだ。
異色なのはそれだけではない。飯田橋は美食のエリアというよりも、どちらかと言えば、仕事終わりに立ち寄れる日常使いの店が中心である中、このレストランの客単価は4〜5万円。さらに、それを決めた理由は「フレベルがここからの眺めに惚れ込んだから」という。一人のシェフの理想を実現するために万難を排するKADOKAWAの意図は、何なのか。
そんな異色だらけのプロジェクトの鍵を握るのが、KADOKAWA現会長、角川歴彦だ。旧角川グループホールディングス、転じてKADOKAWAは、1945年に父で、国文学者の角川源義により、出版社「角川書店」としてスタートした。文芸書にとどまらず、漫画や映画などの大衆文化にいち早く対応するなど、その革新的なアプローチにより、成功を収めて来た。
そんなKADOKAWAにとって、この「INUA」は、この先の10年を考える上での、大切なプロジェクトなのだという。