INUAという名前は、「生きとし生けるものに内在する精神」というグリーンランドのイヌイットに伝わる伝承から来ているという。八百万(やおよろず)の神を信じてきた日本の古代信仰と、どこか重なるものを感じる。
「日本には、『いただきます』という文化があります。周りのものの命をいただいて、それを食べて生きるという意味です。それは自然への敬意であり、文化そのものでもあります。それを発信する基地が、このINUAなのです」(居駒)
今や、食は多くの人を惹きつけるキーワードであり、訪日客の多くが日本での食を楽しみに訪れる。nomaが、「ガストロツーリズム」として、デンマークに多くのインバウンド客を呼び込むことになったことも事実だ。
とはいえ、KADOKAWAが、新しく媒体として、「食」を選んだというのは、ただ単にインバウンドを狙った、という以上の深い意図を感じる。
「これからの10年のために」KADOKAWAの戦略
KADOKAWAは、「角川書店」として本を売ってきた。文章を読んで、人は頭の中にイメージを描いて楽しむ。しかし、本は翻訳しなくてはならない。映画も、字幕が必要だ。
しかし、食は違う。食は、言葉を使わずに楽しむことができるエンターテイメントだ。言葉の壁を超えて、多くの人が体験し、イメージを描き、コミュニケーションをとるツールとして最適なメディアといえる。
また食は、これまでKADOKAWAが関わってきた出版や映画とは、根本的に異なる点がある。INUAの経営会社で、KADOKAWAの100%子会社である「ケーズラボ」の郡司聡社長が、それを明らかにする。
「出版にしても映画にしても、企画から実現まで長い時間をかけて、軌道修正をしながら取り組むもの。出来上がった物を送り出すまで顧客の反応はみえない。しかし、レストランは、毎日目の前に顧客がいて、その満足度が即座に伝わってくる。修正は毎日行います。食材のみならず、レストラン自体も、常に進化していく。毎日変わり続けるライブなエンターテイメントと言っても良いでしょう。だからこそ、スピーディな意思決定が求められます。それは、これからのエンターテイメントを創り上げていく上で、大切な要素だと思うのです」
極上のエンターテイメントとしての食
「お客様の半数は海外の方」という言葉通り、INUAには欧米やアジアなどから来た食事客も多い。
食材は99%が日本産で、肉や魚は養殖のものは使わない。狩猟や採集などを通して得られた「自然の中の命」をいただくという形だ。
野生の真鴨、切り分ける前にテーブルサイドで紹介される
実際そのメニューには、榧の実など、現代の日本で忘れ去られてしまったような食材や、若い松の実や松の新芽など、食べるという発想が日本になかった食材、沖縄のピバーチなど、地域に眠っていた食材などを活用した真新しい料理の数々が並ぶ。
発酵したセップ茸のジュースなど、耳慣れない食材も登場するが、口にしてみると、甘み、旨み、酸味などのバランスが、どこか懐かしくなる味に構成されている。