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2019.03.16

異色のレストラン「INUA」でKADOKAWAが紡ぐ料理という物語

「ワールド・レストラン・アワーズ」の授賞式にて(Photo by Fanatic Creative)


とはいえ、過当競争と言えるほど、良質のレストランがひしめきあう東京。「なぜ今、レストランを作るのか」パートナーシップを結んだ相手は、世界のベストレストラン50で4回世界一に輝いた「noma」だと聞いても、浮かんだ疑問符はずっと私の脳裏に張り付いたままだった。実際に、そのレストラン、「INUA」に足を運んでみるまでは。

飯田橋の駅から5分ほど歩くと現れる、KADOKAWA 富士見ビルに、INUAはある。専用の入り口に足を踏み入れると、落ち着いた照明に、緑があしらわれた回廊が続く。ちょうど懐石料理店の前庭のように、それを通って9階のレストランへ向かうエレベーターに乗る。

エレベーターを降りると、国際色豊かなスタッフに迎えられた。日本人も何人かいるが、流暢に英語を話すバイリンガルだ。

広々としたウェイティングスペースには、くつろぎ感を演出する、北欧製のコーヒーテーブルと、白木を滑らかに削って仕上げたやや低めのチェアがゆったりと配置されている。西陣織を張った天井から吊り下がるのは、特別にデザインされたと一目でわかる和紙の照明。隅々まで、高い美意識が感じられる。

居駒昭太総支配人が、「テーブルから下のものはnomaが生まれ育った北欧のもの、テーブルより上のものは、グラス以外は日本のもので統一しています」と説明してくれた。北欧にルーツを持ち、日本で枝を茂らせる、というようなイメージなのだろう。

キッチンはオープンスタイルで、どの席からもキッチンの様子が覗けるように配慮されていて、主役はあくまでも料理である、という方針は明確だ。

広々としたメインフロアには、灰色に塗られた丸いテーブルとシンプルで座り心地の良い椅子がゆとりのある間隔で並ぶ。壁一面の大きな窓の外には木が植えられ、東京を背景にしながらも、都会の中の森のような印象を受ける。

実は、客席から見えるキッチンだけでなく、裏に準備用のキッチンがあり、さらに一階下に降りると、世界中のシェフが間違いなく羨むであろう研究開発用のテストキッチン、そしてnomaのお家芸である、発酵のための専用庫が見渡す限り並ぶ。

研究開発用のキッチンには専属スタッフが3人いて、「自然の中にあるものしか使わない」というポリシーを体現するため、食材集めからメニュー開発に携わっている。仕事柄、様々なレストランの厨房に足を運ぶが、スペースといい、厨房機器といい、こんなに贅沢なキッチンは初めて見た。少なくとも東京では随一だろう。

KADOKAWAのレストランなのだから、マーケティングの一環として、どこかにそれを匂わす何らかの要素があるのだろう、と思ったが、全くない。「KADOKAWAはオーナーですが、最大限口を出さず、完全にフレベルとチームに任せています」と居駒は言う。

「nomaの支店なら、オープンするつもりはなかった」

そもそもこのプロジェクトは、KADOKAWAの角川歴彦会長がコペンハーゲンのnomaを訪問した際、レネ・レゼピ氏の思想に感動したことからスタートしたという。

だからと言って、東京千代田区に、趣味でオープンする規模ではない。厨房のデザインから何から何まで、フレベルやnomaのメンバーに任せたそうだが、「ここはnomaの支店ではないのです。もしそうだとしたら、私は今ここにいません」と居駒は強調する。「私たち(KADOKAWA)が伝えたいメッセージの媒体として、レストランが必要だったのです」
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文=仲山今日子

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