アメリカの周到すぎる歌手育成と、世界が期待する日本人バリトン

ライアン・オペラ・センターのファイナルオーディション(c)takaokionishi


大学院を卒業後、30歳前後という最も仕事のない時期に、安定的な収入を得られれば歌手もうれしい。オペラ団体としても、若手の優秀な歌手を確保してさまざまな活動に生かせる。お互いにとってWin-Winの活動なのである。

こういった有名プログラムからは綺羅星のような歌手が次々と巣立っている。以前コラムでも紹介したソプラノのアンナ・ネトレプコも、サンフランシスコ・オペラのメローラ・プログラムの出身だ。

役者のチャンスは役次第

しかし、コンクールと育成プログラム以外にオペラ歌手が世の中に出てくるすべがないのかというと、そんなことはない。オーディションがある。

コンクールは、とにかくその場でミスなく、一番よい歌を歌った人が選ばれるわけだが、オーディションは、技術はもちろんだが、その上で、それぞれの役にあった声や雰囲気を持っている歌手かどうかに重点が置かれる。だから、役によって選ばれる歌手もおのずと違ってくる。



またコンクールには、有名なキャスティング・ディレクターが審査員として、また、新しい才能を探しにいち観客としてきていることも多く、たとえ賞に選ばれなくても仕事の声がかかることもある。オペラ歌手は「役者」だから、役にはまりさえすれば、チャンスはある。すべての俳優が上手くて美女や美男子である必要がないのと同じなのだ。

明日は今日よりいい歌を

こんな話に花を咲かせながら、大西さんに「これからどうしていきたいと考えてるの?」と軽い気持ちで聞いてみた。すると、「息の長い歌手になることです。ずっと歌い続けたいんですよ」と、即答が返ってきた。

そのためには、「今日よりも明日、自分がいい歌を歌える」と思えるように、鍛錬を積み、自分らしさがより出るよう、常に前を見ながら経験を重ねていくという。

大西さんの経験によると、やはり、上手くいかないときはどうも周りを気にしているそうだ。「上手くいくのは自分に集中できたとき。周りと勝負するのではなく、自分と勝負して、自分の自己採点が一点でも高いものを目指す。自分にとっての100点は周りの100点ではないが、少なくとも自分のベストを常に実現するように考えて歌いたい」。思わず深く頷いてしまう。

歌は確かに、自分との勝負だ。自らが楽器であり、時とともに変化していくから、とにかく常に自分と向き合い、自分をできるだけよく知り、終わらない戦いを常に続ける必要がある。

しかしこれは、歌以外にも多くのことに当てはまる心構えであろう。というか、自分が成長する、というのはそれに尽きると思う。自分に集中してこそ、新しい地平が見えてくる。そんな経験を積み重ねながら、人は成長していくのだと改めて痛感した。

文=武井涼子

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