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2018.12.05 07:00

クリントン元大統領のデビュー小説がついに発売! 予想を裏切る面白さ


「経験した者だけにしか書けないディテール」が随所にみられると書いた。たとえば大統領がホワイトハウスの地下通路を通って極秘に脱出する場面をみてみよう。地下通路は普通の人なら閉所恐怖症を起こしそうなほど狭いが、大統領はなにも感じない。なぜか。ここで作者はこう書くのだ。

「どこへ行くにもシークレット・サービスや側近が付きまとう生活に慣れた人間には、地下通路の空間でも解放感がある」

こうした実感こそ大統領経験者にしか書けないものではないか。ホワイトハウスの地下構造にはついてはいろんな説があるし、秘密の通路を使って脱出するというアイデアくらいは誰だって思いつくだろう。だがこのような狭い通路に潜り込んだ瞬間のちょっとした解放感といったものは、想像だけでは書けない。このような細部こそが、本作が紛うことなく元大統領によって書かれたものであることの証明になっている。

現代社会を正確に分析

ただ“元大統領”と書きながら、一方で若干の違和感もおぼえる。なぜなら、本書を読んで、クリントン氏はまだ引退していないと感じたからだ。

「老人の手遊び」だなんてとんでもない。現役感バリバリなのである。

たとえばツイッターのつぶやきにいちいち反応する議員や、SNSが垂れ流すニュースに行動を左右される有権者たち。「争いと分断」だけを煽るメディア……。

本書で描かれるのは、現代社会についての正確な分析だ。実際、どこかの国の首相はフェイスブックのコメントに一喜一憂しているというし、ツィッターでいちいちメディアに噛みつく大統領だっている。「争いと分断」に政治家が進んで手を貸すようになった現状に、クリントン氏は批判的な目を向けている。明日から再登板してもじゅうぶんやっていけるのではないかと思わされるくらいにアクチュアルな姿勢を失っていないのである。

大統領経験者だからこその見識も本書の魅力だ。

たとえば、ある殺し屋の目を通してリンカーン記念堂を描写したくだりで、作者はこんなことを書いている。

「ギリシャ様式の柱を具え、長い階段をのぼりきった先に堂々たる大理石像が鎮座するリンカーン記念堂は、違和感を覚えるほどいかめしく、謙虚さが身上の大統領よりも神そのものを崇める場所にふさわしい。だが、その矛盾こそがいかにもアメリカ的だ。自由と独立と個人の権利の上に築かれた国家でありながら、他国のそれは平気で蹂躙する」

何気なく出てくるこうした言葉に、非情な決断を何度も下してきたであろう、元大統領としての苦い経験が凝縮されているように思える。このような細部もまた、本書に奥行きを与える重要な要素だろう。

クリントン氏の理想像が投影された本書の主人公は、勇敢だが同時にきわめて孤独でもある。

「厳しい決断の連続だ。未知数の問題を数多く残したまま、決断しなくてはならないこともある。あるいは、選択肢のすべてが掛け値なしのクソということもある。それでも、いちばんましなクソを選ばざるをえない」

とてつもない孤独を知る者ならではの心情告白だ。

本作で大統領が直面する事態は、まさに悪夢といっていい。厳しい局面を乗り越えた末にたどり着く事件の真相は驚くべきものだ。

絶対に読んで損はない。充実した読書体験を約束しよう。ただし、大満足で本を読み終え、現実に戻った瞬間は戸惑うかもしれない。なぜなら、リアルな世界の大統領が誰だったかを思い出した瞬間、あなたはこう思うからだ。

「現実とフィクション、悪夢はどっちだ?」

読んだら読みたくなる書評連載「本は自己投資!」
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文=首藤 淳哉

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