無能だった私を変えてくれた凄い人たち──クリエイティブディレクター 横尾嘉信さん(前編)

新人時代によく連れて行ってもらい、何度もご馳走になった小料理店で、久しぶりに横尾さん(左)と。いつも心に残る言葉をかけてくださる私の師匠です。


こういう状態で制作したものは、誰からも怒られない、そこそこのものができ上がります。でも、立ち上がって拍手喝采をしてくれる人、感動して涙を流す人がでるような圧倒的な表現はできません。 

さらに良くないのは、仕事がスムースに進むので、正しい選択の結果で上手くいっているように思えて、自己を正当化しはじめます。そして、「そこそこの表現をつくる人」になるスパイラルに入り出します。入ってしまったら、抜け出すのは容易ではありません。

横尾さんは、そういう先輩たちを見て感じたことを、エッセンスを抽出した言葉で伝えつつ、自らも厳しく戒めていたのだと思います。

行き詰まったら「美味しいものを食べる」

社内外で「天才」と呼ぶ人がいたほど、当時の横尾さんは、与えられた難問を鮮やかに解いた、面白いCMコンテを次々に提案していました。しかし、案が採用された後に、諸事情で“嫌い”が入って行き詰まる仕事もありました。

熱い人が多い福岡県人なのに、横尾さんが感情的に怒ったことを見たことがありません。常に冷静に対処していましたが、“嫌い”を飲み込まざるを得ないことが決まった後、我々にいつもこう切り出しました。

「よし、美味しいものを食べて帰ろう! 美味しいものを食べると、元気が出るからね」と。 

これは、今日まで私も真似してきて、本当であることを確信しています。美味しいものは、肉体的に癒されるだけでなく、精神的に良い刺激をくれます。「同じ食材でも、料理人によって、こんなにも味が異なる」という事実を提示され、自分の凹んだ部分に、その味が染み込んでくるのです。

そして、ちゃんと良い材料を仕入れよう。ちゃんと仕込みをしよう。ちゃんと味付けをしよう。ちゃんと盛り付けをしよう。ちゃんとタイミングを見計らって出そう……などなど、今の自分にできることに気づかされるのです。

良い仕事をするために、美味しいものを食べることは、十分な睡眠をとることと同じくらい大事なことです。

「働き方改革」の標語もなく、仕事の後も先輩と後輩の関係が密接な時代でした。横尾さんの行きつけの美味しい店で、晩ご飯を一緒に食べながら、よく仕事の話の続きをしました。そのおかげで、仕事に行き詰っても、環境を変えて精神状態を変えながら、最後まで考え抜くことを、日々の繰り返しの中で身につけることができました。

程なく、その才能を周知させ、横尾さんのレギュラー仕事になっていた所ジョージさんが出演していた三洋電機のCMで、嫌いを突きつけられる事件が起こりました。(後編へ続く)

連載:無能だった私を変えてくれた凄い人たち
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文=松尾卓哉

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