6人目の今回は、クリエイティブディレクター(CD)の横尾嘉信さんです。アヒルのテレビCMでお馴染みのアフラックの担当CDを長く続けていらっしゃいます。私が電通に入社してからの1年間、OJT(実務の中での教育)で仕事のいろはを教わった大恩人です。
当時の電通は、クリエイティブ局に配属された新人は、コピーライターの先輩に付いてOJTをするのが慣習でした。しかし、私が配属された部の部長がCMプランナー出身のCDだったので、例外として、私はCMプランナーの先輩につきました。それが、横尾さんでした。
横尾さんの下には、その時、私の1つ上の年次の先輩がすでにOJTで付いていました。30代前半、仕事を任せられるようになり自分の仕事を面白くすることで手一杯のはずのクリエイターが、ひよっこの2人の面倒を見るのは、とても大変なことだったと思います。
好き嫌いをハッキリさせろ
横尾さんに最初に言われたことは、「何でも自分の中の“好き嫌い”をハッキリさせて、生活しろ」ということでした。会社員としての言動(特に新人)は、好きばかりで、嫌いなことは何もないかのように振舞わなければいけないと思っていたので、衝撃でした。
また、毎日の暮らしの中で、いろんなことに対して、好きか嫌いかの感情を明確にしていくのは大変なことでした。朝起きて、歯を磨くのは、好きか嫌いか。アパートの隣人は好きか嫌いか。嫌いであることが明確になると、それは続かなくなります。それまでは、そんなことを考えないようにして生活していたことに気づきました。
その理由を横尾さんは言いました。「クリエイティブの仕事は、自分の“好き”を大事にしないと、面白いものはつくれない。それと同じくらい“嫌い”を明らかにして、嫌い続けておかないと、自らそれを選択してしまうようになる」と。
禅問答のようです。その時は分かったような気で、日誌にも書き留めました。しかし、7〜8年が経って、自分が1人で仕事を任されるようになるまで、この言葉の重みを実感できていませんでした。今なら痛いほど分かります。
同じ仕事を長くしていると、自分の会社のこと、取引相手の置かれた状況など、その先を読めるようになり、スムースに事を進めるために、長いものに巻かれることを選びたくなります。それが経験値のなせる技とも言えます。
CM制作の場合、提案して採用されたCMコンテ(映画における脚本のような、制作に関わるすべての人が自身のやるべきことの基準にするもの)の中にあった“企画者である自分の好き”がなくなっていくことよりも、諸事情を大事にして、“自分の嫌い”をかなり過小評価して、仕事を進めてしまうようになるのです。