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里山に住む「ミニマリスト」のDIY的暮らし方

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東京・神楽坂から、長野・富士見町に移住をして4年。すでにキッチン家電や掃除機を手放していたが、そこからさらに冷蔵庫を使うのをやめて洗濯機を使うのをやめて……と順調に家電を手放して、いわゆる「生活家電」が家にひとつもない状態になった。

冷蔵庫は、自分には必要のないものだと気づいた。そして洗濯機は、なくてもなんとかなる、案外大丈夫だという手応えを感じていた。……出張などで、家をあけることがなければ。

手洗いをすると、家族4人分の洗濯は、きっかり1時間かかった。厚手の衣類は絞るのが大変で手が疲れるし、夫のシャツやズボンは、なんでこんなに大きいのかと気持ちが折れそうになる。洗濯が終わって腰をあげようとすると、腰があがらない感じになってしまって、「なるほど、洗濯とは重労働なのだ」とわかった。

それでも、洗濯機を使わないで手洗いをしていることが、腑に落ちていた。原発から自然エネルギーに代替するのはいいとしても、今、自分の目の前で起きているのは、森や林が削られて太陽光パネルが並ぶ、そういう光景だ。都市部に暮らしていたら、自分ごととして気づかなかったと思う。あっちもこっちも、伐採されていると思うと、次に通りかかったときにはもう太陽光パネルが並んでいる。なんとかしたい。

一人ではなんともできないけど、湯水のように電気を使う暮らしは、もう終わりにする。

だから、少々大変でも、洗濯機を手放したことに満足していた。3カ月ほど続けたが、私が出張でいない日には、夫が代わって手洗いしてくれた日もあった。ミニマリストゆえ、毎日洗濯をしないと次の日に着る服がないので、夫が手洗いをできなかった日は、出張から帰ると街中のコインランドリーに行ったりして、これでは本末転倒だという気分になった。

洗濯機を使わない暮らしがしたい。でも、どうしても出張などで家をあけることがあって、手洗いという家事を家族に押し付けるわけにはいかない。でもミニマリストであることは譲れない。

悩みに悩んだ末、誰かにあげようかと外に出しておいた洗濯機を、また家の中に戻すことにした。家族分のシーツを洗うのが、なんてラクなんだろう! スイッチを入れたら、あとは干すだけでいいなんて! 昭和50年代後半に普及した洗濯機を初めて使った主婦と同じ気分を、存分に味わった。

さすが、白黒テレビ、冷蔵庫とともに三種の神器と言われたわけだ。うちにはテレビも冷蔵庫もないけれど、洗濯機はやっぱり神器だったのかもしれない。

文=増村 江利子

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