未来の若者のためにできること
僕の理想的な老後は、“下宿屋のオヤジ”だ。例えば入居者の半分は高齢者、半分は若者の住む、その名も「グランドジェネレーションシェアハウス(GGSH)」の管理人をやってみたい。
高齢者はパトロンとして若者の家賃を負担し、知識や知恵や人脈を与え、若者はその対価として、高齢者に夢や希望を与える。そこから一流の俳優やミュージシャン、シェフなどを輩出できたら、母校の後輩がスターになったような格別の嬉しさがあると思う。
高齢者が若さを保つ秘訣は、やはり若者との交流だろう。ましてや自分との縁が若者の未来に役立つとしたら、それは生きがいにもなり得るのではないか。自分ひとりで幸せを実感するのは、意外と難しい。なぜなら、幸せとは目の前の誰かが喜んでくれたときに、自分も感じるものだからだ。
海に面した豪華なコンドミニアムでひとり過ごしたところで、幸せは得られないんじゃないかと思う。
僕も50歳を過ぎ、「人生の最期をどのように過ごすか」を考え、同時に「後世に何を託せるか?」を考えるようになった。もちろん、自分ひとりの力だけで何かを完成させるには限度があることは百も承知。
いまから畑を耕しておいて、大きな実をつけるのは100年後でいいと思っている。お風呂をこよなく愛する僕が2015年に立ち上げた企画「湯道」(連載第18回に詳しい)もそういう観点で始めた。
とはいえ、成果がすぐ見えない企画(や施策、企業経営)を始めるのは、本当に心もとないことだ。そこで僕が心のお守りにしているのが「日本初の天気予報」である。
1884(明治17)年6月1日、東京気象台が「毎日3回の全国の天気予報」を開始した。その日本初の天気予報は「全国一般風ノ向キハ定リナシ天気ハ変リ易シ但シ雨天勝チ」という、日本全国の予想をたったひとつの文で表現するものだった。
現代の天気予報からするとお粗末以外の何物でもない。でも、これに続く人々が、過去の天気や現況の天気・気圧・風向き・風速・気温・湿度に関する情報を集積し、現代の(かなり)正確な天気予報を産み出したのである。何かをスタートするときには、いつの日か咲き誇る大輪の花をイメージして種を蒔こう。お役に立つなら、ぜひ皆さんも「日本初の天気予報」を心のお守りにしてみてはいかがでしょうか?