放送作家・脚本家、「くまモン」の生みの親。

放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第57回。弘前のワインレストランでユニークな主人と会話が弾んで思い出したのは、筆者が京都に住むきっかけを与えてくれたおばあちゃんのことだった……。


先日、青森の弘前に出張することになり、以前弘前市の仕事をしていたスタッフから一軒の店を勧められた。高齢のご夫婦ふたりで切り盛りしている「わいんぱぶ ためのぶ」という名のレストランだという。

ホテルから何回か電話をしたが誰も出ないので、他で食事をしたあと、ワインだけでも飲めるかなと直接出向いた。時間は22時。看板は消えていたが、店内の灯りはついていた。窓から覗くと店主らしき人と常連らしき人がワインを飲みながら、薄型テレビで映画を見ている。僕はドアを開け、「こんばんは。まだいいですか?」と声をかけた。老眼鏡を鼻にひっかけた店主は「看板消えているのに、よく入ってきたね」と笑い、「何しに来たの?」と僕に尋ねた。「ワインが飲みたいんです」と答えると、「じゃあいいや。一杯だけ何か飲みなよ」と手招きした。

僕は黒板のワインリストを眺め、「ニュイ=サン=ジョルジュをお願いします」と言った。「ニュイ飲むの? あんた、ニュイは高いんだよ」「6000円って書いてありますが、まさか1杯の値段じゃないですよね?」「いや、1本だよ」「じゃあ、お願いします」「へえー、こんなふらっと入ってきてニュイ飲む人なんて初めてだ」──僕はこの日の夜の締めくくりが楽しいものになるという期待で嬉しくなった。

常連さんが帰ってしまい、僕はワインを飲みながら、いろいろとお父さん(店主)に質問をした。お母さん(店主の妻)は1年前に亡くなられたそうで(そしてお父さんはお母さんにたくさん迷惑をかけたそうで)、「お父さんにとってワインって何ですか?」と尋ねると、「いまの自分の寂しさを慰めてくれる恋人だな」などと言う。詩人だ。そして「昔はロマネ・コンティとか7万円くらいで買えたんだ。いまは高すぎる。だから高いワインじゃなくて3番目くらいのランクのうまいやつを見つけて、それを安くお客さんに提供して喜んでもらえることが俺のいまのいちばんの幸せなんだ」などと泣かせることを言う。

僕はふとお父さんの料理が食べたくなり、「ナポリタン、つくってもらえませんか」とダメもとでお願いしてみた。お父さんは「俺、いま酔っ払ってんだぜ」と言ったが、すぐに「俺、酔っ払ったときに料理つくると、うまいらしいんだよ」と言い直し、ヨロヨロしながら厨房に入ってナポリタンをつくってくれた。

これがびっくりするくらい、おいしかった。お世辞ではなく、最近食べたナポリタンのなかでいちばんと言っていい。思わず「お父さん、どこで修業したの?」と尋ねると、「俺、こう見えても六本木にいたんだ」と、意外な答えが返ってくる。「お兄ちゃんは知らないだろうけど、六本木にキャンティっていう高級な店があったんだよ」「……(しばし絶句)お父さん、キャンティにいたんですか!?」「あんた、キャンティ知ってるの? あそこ高いんだぞ。有名人の◯◯とかが来て、俺もよくバジリコっていうのをつくったもんだ」。

イラストレーション=サイトウユウスケ

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