大橋は日頃、ワインの伝道師として世界各地を飛び回り、ワインのプロに向けたセミナーを英語で行うなどグローバルな活動をしている。そうして気づいたのは、海外では日本酒の酒蔵の名が、例えばフランスの銘醸ワインほどには浸透していない、ということだった。
確かに、シンガポール在住の筆者も感じることだが、好きなワインの造り手を聞かれて答えられる人はいても、好きな酒蔵を聞かれて答えられる人は圧倒的に少ないだろう。
「酒蔵のブランドが浸透していない段階で酒米の品種に焦点を当ててしてしまうと、今後、海外での酒米作りや日本酒作りがさらに盛んになったときに、酒米の種類だけで評価されてしまい、価格競争で日本の酒は負けてしまう」そんな懸念があるからだと大橋は言う。
世界のマーケットでは、日本酒はまだ新しいジャンルに属する。それはすなわち、最初にマーケットでの知名度を獲得したものが、そのマーケットでの優位を得ることでもある。
かといって、日本の蔵元も手をこまねいているわけではない。今回マカオに来た酒蔵のなかには、ニューヨークに自社の販売拠点を持つ「梵」の加藤吉平商店など、海外展開を積極的に行なっている蔵も少なくない。
イベントには参加していなかったが、「獺祭」を展開する旭酒造も海外展開に積極的な蔵のひとつだ。先日、獺祭がジョエル・ロブションと共同で出したパリの店を訪れたが、フランスでまだなじみのない日本酒の味に、身近な食べ物から親しんでもらおうと、酒粕を使ったサブレやマカロン、日本酒のシロップをかけたケーキなどを提供していた。また商品名を「sake」ではなく「Dassai」として、商標名の認知を図っていたのも印象的だった。
パリ「ダッサイ・ジョエル・ロブション」の店内。インテリアにも獺祭のボトルが使われ、ブランドの印象を視覚にも訴えかける
また、今後、さまざまな国の料理と合わせていくうえでは、見せ方だけでなく、味という面でも工夫が求められるようになる。
ワインの場合は、シャンパンなど泡のあるものからスタートして、白、赤、ポートワインやソーテルヌなどの甘口という流れになるが、日本酒の場合は、タイプが違っても、例えば白ワインと赤ワインというほどの差がなく、飲み慣れない外国人にはペアリングが理解しづらい部分もある。
いま、シャンパンと同様に、瓶内で二次発酵させたスパークリング日本酒や、西洋料理にも合わせやすい酸味を強く出した日本酒、米をあまり磨かずに麹を多く使い旨味成分を増した日本酒、エイジングをかけた古酒など、さまざまなタイプの日本酒をつくる蔵元が増えているが、海外のマーケットを考えると、そういった違いがわかりやすく、個性ある日本酒を味わってもらうのも良いように思う。
ワインと同じようなアプローチで、同じ酒米の「田違い」「年代違い」などを楽しめる日本酒造りをしている蔵元や、自家栽培米にこだわる蔵元なども増えてきている。そういった取り組みも、「日本酒は面白い」と思ってもらえるキーワードになるだろう。
マカオのような新しいマーケットに、まずはどう日本酒を理解してもらい、面白がってもらえるか。そこをきっかけに、さらに奥深く繊細な日本酒の世界を知ってもらうのも悪くないのではないか。
日本を飛び出し、日本酒を世界の人たちにどんなふうに理解して、楽しんでもらえるか。日本酒文化のフロンティアを拓く挑戦は、もう始まっている。