参加した蔵元たちも「蔵にもほとんど残っておらず、蔵元であってもなかなか飲めない」と言うほど、レアな酒だけを集めたディナーの集客力は絶大で、このディナーのためだけにマレーシアから自家用ジェットで乗り込んだ富裕層もいたそうだ。
また、熱心な参加者のなかには、蔵ごとの酒造りについて質問してまわる人たちもいた。質問を受け、急遽、パソコンを開いて酒造りの流れを動画で説明したという井上清吉商店の井上裕史社長は、「酒造りにここまで興味を持ってくれるとは。いろいろな国に行ったが、マカオの人々の関心の高さを感じる」と嬉しさを隠せない様子だった。
国内では日本酒の消費量は激減
「だからといって、全般的に見て、日本酒の将来というのは、けっして楽観できるものではない」と前出の大橋は言う。ディナーの翌日に行われた、地元バイヤーやメディアを対象としたマスタークラスで紹介されたデータが、それを如実に物語っていた。
それは、日本国内における日本酒の消費量の減少だ。2018年、日本人の日本酒の年間消費量はひとり当たり4.24リットル。少子化で人口が減っているとはいえ、2005年には約7リットルだったのが、この13年で激減しているのだ。
「だからこそ、海外への展開と訪日外国人へのアプローチを軸に、日本人の国内需要を再喚起する必要がある」海外での人気は、逆輸入のような形で、日本の国内需要へもつながっていくと考えているのだ。
国税局のデータでは、日本酒の主な輸出先は、金額ベースでいうとアメリカ、香港、中国、韓国、台湾、シンガポールと続く。アメリカ以外の上位は、日本酒のラベルに記された漢字を読める中華系の国だ。海外向けに英語表記ラベルを使用している蔵元も徐々に増えてきてはいるが、輸出用に特別なラベルをつくっている蔵はまださほど多くない。
こうした状況から、新しい日本酒のマーケットとして、マカオに対する期待は大きい。中国の特別行政区で、漢字を理解する人が多いマカオは、前出の国税庁のデータでもまだランクインしておらず、これからのポテンシャルが大きい地域と言えるのだという。
マスタークラスで大橋は、日本酒になじみのないマカオの人たちにもわかりやすいようにと、ワインのテロワールの考え方を取り入れたて説明をした。
ワインの世界においては、ワインを理解するためにはブドウの育つ土地の地質や気候も重要であり、そして生まれたワインは、その土地の郷土料理との相性が良いとされている。その考え方に基づき、それぞれの蔵元は壇上で、蔵周辺の気候風土と自社の日本酒に合う郷土料理を紹介した。
大橋は流暢な英語で日本酒の生まれた「風土」を生き生きと表現した
また大橋は、日本酒の味の表現に、あえて中国のスパイスの名前を登場させ、ペアリングのおすすめ料理として、中国料理などマカオでも気軽に食べられる料理も紹介した。
「いまの日本酒の飲まれ方は、日本料理店での消費がほとんど。それでは、飲む場所が変わるだけで、需要の拡大には限度がある。毎日の料理に気軽に合わせてもらいたい」と大橋は言う。
実際に、米が主食のアジア地域では、普段食べている料理には、米からできた日本酒は、ブドウからできたワインよりも合いやすいとも言えるだろう。
しかし、ワインの説明では必ず触れることで、大橋があえて触れなかった項目がひとつだけあった。それは、使われている「酒米の品種」だ。