冒頭の万引きのシーンは実にスリリングに撮られており、これだけで、すでにこの作品のなかに取り込まれてしまう。しかし、これはまだまだイントロで、この後、「家族」の関係を象徴するさまざまなシーンが次から次へと登場する。
新しく「家族」になった幼い「娘」と「父」が川沿いを歩くシーン、「父」と「息子」の和解を上空から俯瞰で見つめるアングル、音しか聴こえない花火を「家族」が顔を出して見上げる場面、海岸の波打ち際で「家族」が手をつないではしゃぐ幸せな時間、そうめんを食べながら近づいていく「夫」と「妻」の距離などなど。
120分の上映時間のなかで、ひとつも無駄なシーンのない見事な演出は、この作品が、是枝監督が10年以上もあたためてきたものだからであろう。親の死亡届を出さずに年金を不正受給していた家族の、実際にあった事件を基にして、是枝監督が、この間、家族や社会について考えながらつくりあげたという。
ちなみに、審査委員長のブランシェットは「監督のビジョンが感じられる素晴らしい作品」と語り、審査員のビルヌーブ監督も「演出が秀でていて、深みがあり、輝くものがある」と高く評価している。
俳優陣の演技も素晴らしい。是枝監督も「各世代、いまいちばん撮りたいと思う役者さんで映画をつくりました」と語っているが、樹木希林、安藤サクラ、リリー・フランキー、松岡茉優、そしてふたりの子役と、存在感のある絶妙の演技で、見事な化学反応をも見せている。
大女優ケイト・ブランシェットも、授賞式のあとの公式ディナーの場で、安藤サクラの演技について是枝監督に熱く語ったという。とくに彼女が気に入ったのは、劇中で安藤サクラが泣くシーンで、「今後、私も含め、今回の審査員を務めた俳優が、出演作のなかで泣くシーンがあったら、彼女の真似をしたと思っていい」と絶賛したという。
ノーベル賞並み貴重なはずが…
さて、この「家族」の物語は、はからずも新しい「娘」が入ってくることで、展開を始める。道端で泣いている「娘」を、「父」が拾ってきたことで、「家族」のなかに新しい関係が生まれ始める。少しずつ明らかになってくる、この偽りの「家族」の真実も、見どころのひとつだ。
社会の繁栄のなかで見捨てられてしまった人たちを描いたこの作品、完璧に演出された印象深いシーンと役者たちの卓越した演技を楽しむうち、いつしか心は「人々のほんとうの絆」とは何なのだろうということに行きあたる。「盗んだのは、絆でした」というこの作品のキャッチコピーが、まさに当を得たものとして響きわたるのである。
蛇足になるが、フランスの有力紙「フィガロ」が、「日本政府はパルムドール受賞に当惑している」という見出しで、「是枝監督のパルムドール受賞について、海外での受賞にいつも賛辞を贈る日本の首相は沈黙のままだ」と報じた。
カンヌ国際映画祭のパルムドールは、オリンピックの金メダルにも相当する。なにせ日本人としては、実に21年ぶり4人目の受賞なのだ。その確率から言えば、ノーベル賞より貴重なものかもしれない。
スポーツや学術に比べると、映画に対して何故か冷淡なこの国の行政。ぜひ、沈黙を守る責任者の方にも、このカンヌ国際映画祭最高賞に輝いた傑作をご覧になっていただきたい。国民栄誉賞ものの素晴らしい映画ですよ。
連載 : シネマ未来鏡
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