2015年3月、米中西部インディアナ州で宗教の自由を保護するという名目で「宗教的自由回復法」に関する法案が成立した。ところが、これは宗教的な立場から事業者がLGBTQ(性的少数者)へのサービス提供を拒否することを認め、差別を助長しかねないとして全米から非難が殺到したのだ。
ベニオフも困惑していた。生まれ育ったサンフランシスコは、LGBTQに寛容な街。インディアナ州の法案は「到底理解しがたいもの」に映った。そこへ、同じように動揺している社員たちから次々とベニオフに電話がかかってきたのだ。
「それで、あなたはどうするのですか?」
──あなたはどうするのですか、という問いは、ベニオフにとっては衝撃だった。だが、すぐに「自分が行動を起こさなければ、誰も動かない」と意を決し、当時のマイク・ペンス州知事(現米副大統領)にツイッターで「法案に署名するようであれば、インディアナ州への投資を削減する」と伝えたのだ。
パレードするLGBTQコミュ二ティの社員
セールスフォースは同州にオフィスを置くテクノロジー企業では最大手。撤退されれば、地元経済にとっては大きな痛手になる。とはいえ、セールスフォースも大きな拠点を失いかねない。州政府との関係も難しいものになるだろう。企業にとってはリスクが大きい。
すると、数日の間で100社以上のCEOがこぞって同じことを表明したのだ。「要するに、誰かが言い出すのを待っていたわけです。それで、これなら自分にもできることがある、周りの力になってあげられるかもしれない、と気づきました」と、ベニオフは語る。だが州政府、思想の異なる社員、あるいは顧客からの反発だってあり得た。
怖くなかったのか? そう尋ねると、ベニオフは顎に手を当て当時を振り返るように答えた。
「怖くはなかったと思います。でも、これから何が起きるのだろう、と思った記憶がありますね。不安というよりもむしろ好奇心でしょうか。それに、自分が動かなければ他のCEOは動けない。彼らが怖がっているからではありません。立場的にできなかったのです。私だって、自分に『これは立ち上がるべきだ』と言い聞かせなくてはいけませんでしたから」
大事なのは「自分を信じているかどうか」だとベニオフは言う。「信念があれば、人のために立ち上がることができるはずです。できないときは、自問してみることです。『なぜ、他の人たちのために立ち上がれないのか?』『信念が持てない理由とは?』。原因がわかれば、それと向き合えばいいのです。そうすれば、自然とすべきことが見えてくるでしょう」