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2017.06.02 11:00

ノーベル経済学者と語る、トランプ時代の世界経済と日本の行方

(左)伊藤隆敏(中央) ジョセフ・E・スティグリッツ(右)高野真

ノーベル経済学賞を受賞し、「現代の経済学の巨人」として知られるジョセフ・E・スティグリッツ教授。そして、「日本の経済学の巨人」である伊藤隆敏教授。ニューヨークのコロンビア大学にて、弊誌編集長・高野真が彼らに世界経済、日本経済の現状と今後について聞いた。

高野 真(以下、高野): 今日は、日米、および、世界経済についておうかがいしたいと思います。現在、世界には、格差やブレグジット(英国の欧州連合離脱)、トランプ政権、低成長経済、長期金融緩和政策、反グローバル化など、キーワードが山積しています。背景には金融危機があるように思えますが、スティグリッツ教授の見解をお聞かせください。

ジョセフ・E・スティグリッツ(以下、スティグリッツ) : まず、ドナルド・トランプが当選していなかったら世界経済がどうなっていたかを考えるのがベストだ。米国では、力強い回復とはいかないまでも、経済が本格的な回復をみせていただろう。一方、欧州は依然として問題を抱え、中国経済は6.5〜6.6%の成長を続ける。つまり、今年は、2016年と非常によく似た状況になる見込みだった。いくつかの点で、昨年より若干力強い成長はみられただろうが。

17年の懸念の一つに、欧州と米国が非同期的な回復局面にあったであろう点が挙げられる。米国では利上げが起こる一方で、欧州では、経済の弱さから(金融緩和策が続き)欧米に金利差が生じ、ユーロ危機への懸念もある。以上が私の見立てだが、これは、ヒラリー・クリントンが勝っていた場合の話だ。
 
だが、実際にはトランプが勝った。彼は、世界経済に“手りゅう弾”を投げ込んだようなものだ。というのも、混乱の多くが収拾していないからだ。

3月24日、共和党はオバマケア(米医療保険制度改革法)の改廃法案を取り下げ、議会での採決を断念したが、これはリアリティーチェック、つまり「現実への覚醒」の始まりだ。共和党は7年間、オバマケアの代替案を練ってきたにもかかわらず、それを実現できずにいる。オバマケアの改廃(に向けた党内の票固め)すらできない「政権の現実」は深刻だ。
 
また、税制改革案は一貫性に欠け、議会通過の見込みは薄い。日本などにも影響が及ぶ重要な分野においては、トランプの醜く不快なレトリックと、彼が実際にできることは限られているという現実の格差があぶり出されるだろう。米中関係では、大がかりな貿易戦争は起こらず、小さなものにとどまるだろう。

伊藤隆敏(以下、伊藤) : まず、トランプ勝利の背景には格差論議がある。金融危機では、米国民から大きな不満が巻き起こったが、混乱を引き起こした金融業界の当事者らは罰せられることなく、ボーナスをもらい続けている。これが格差論議に火をつけた。

スティグリッツ : 誰も罰せられず、われわれが何もしなかったという事実にとどまらない。オバマは、「チェンジ(変革)できると信じよう」という政策綱領を掲げて当選したが、変革などできなかったというのが現実だ。
 
格差の深刻さは、ある重大な問題が進行していることからもわかる。米国人男性、特に白人の平均寿命が短くなっているという事実だ。大学を出ていない中年(白人男性)の平均寿命は、他の先進国と比べ、大幅に短くなっている。他国では死亡率が下がっているのに、米国では、その逆だ。有権者が怒るべき理由があるのだと、声を大にして言いたい。
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文=肥田美佐子 写真=OGATA

この記事は 「Forbes JAPAN No.35 2017年6月号(2017/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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