「テクノロジーが発展すると多くの人が仕事を失う」。そんな話をすると、きまって反対する人たちがいる。彼らは、「歴史上そんなことは一度もなかった」と反論するのだ。
歴史を振り返ると、こうした議論は200年以上も前から繰り返されてきたことがわかる。もう少し最近のケースでは、1964年にアメリカの有識者たちがリンドン・ジョンソン大統領(当時)に「アメリカの社会・経済はディスラプション(断絶)の転換点にある。政府が何らかの対策を講じなければ、数百万人規模の失業者が出る」と警告するレポートを提出した。
ところがご存じのとおり、そんな事態は起きなかった。似たような警告はたびたび発せられてきたが、いずれも杞憂に終わった。主な理由は、工場の機械化などにより解雇された労働者たちが、再教育を受け、ほかの仕事に“移動”することで、全体として雇用が確保されてきたことだ。
しかし私に言わせると、この話は(イソップ童話の)「オオカミ少年」を思い起こさせる。人々が嘘の警告に慣れてしまったため、本当の危機が訪れても気づかず、悲劇的な結末を迎えるのである。
私は今回ばかりは、本気でこの脅威に向き合うべきだと考えている。なぜかといえば、これまでとは議論の前提となる背景が大きく変わったからだ。3つ注目すべきポイントがある。
1.テクノロジーの加速度的な成長。「ムーアの法則」によると、半導体の集積率は18カ月ごとに倍になる。そうした加速度的成長はすでに半世紀も続き、テクノロジーの進化は天文学的なレベルに達している。
2.認知機能を兼ね備えるようになったコンピュータの登場。「機械学習」に見られるように、コンピュータが自ら「考える」力を身につけ始めた。
3.ITのもつ汎用性。ITは「電気」などと同じように、業界・業種を問わず、経済全体に影響を及ぼす。
これら3つの要因が、これまでとはまったく異なる状況を生み出している。では、どういった影響が生じているのだろうか?ここでは、扇動的な議論をするのではなく、数字で示したいと思う。
テクノロジーの進歩によって、企業はより短時間で多くのモノを生み出せるようになった。ところが、それによって雇用も増えているかといえば、そうではなくなってきている。
ここに、10年ごとの雇用の増加率を表した【図1】がある。年によってばらつきはあるが、10年単位で見ると、新規の雇用者数が確実に減少していることがわかる。
そして2000年代には、完全にゼロになっている。その大きな要因は金融危機だが、2000〜07年の縦軸が示すとおり、金融危機以前の07年の段階で相当減少していた。つまり、たとえ金融危機が起きなかったとしても、減少傾向そのものは変わらないのだ。構造的に、新たな雇用が生まれにくくなっていると考えざるをえない。
また【図2】からわかるとおり、労働者の生産性が上がっても、賃金は上がらなくなっている。従来の経済学では、テクノロジーの進歩で生産効率が上がり、より多くのモノを作れるようになると、賃金も上がると考えられてきた。実際、70年代中盤まではそうだった。
ところが73年頃から、生産性と賃金の成長ラインが乖離し始めたのだ。インフレ調整後の数値で比較すると、現在のアメリカの平均的な労働者の賃金は、70年代の労働者のそれよりも低い。
いろいろな原因が考えられるが、私は機械が人間の仕事を“代替”するようになったことが大きいとみている。70年代まで機械はおもに人間の作業を“補助”するものだった。ところが70年代以降、機械は徐々に人間に取って代わり、労働力を必要としなくなったのだ。