また、セントル・ザ・ベーカリーには自社サイトがない。現代の情報発信のセオリーと違うが、「情報だけ取りに来てほしいとは思わない。いちばん濃い体験は食べることだからウェブサイトは必要ないんです」と西川氏は言う。
ただ「偏愛」ならではのことだと思うが、検索すると、多くの人がこのお店で食べられるパンのおいしさについて、体験した感動について発信している。このお店で食パンを食べる体験は濃い。だからこそ人は自らそれを発信する。ウェブサイトは今後も必要にならないだろう。
そして、セントル・ザ・ベーカリーは新規出店は極力避けていると西川氏は言う。これだけ行列ができ、評価されている店舗は、2軒目、3軒目と展開することが多いが、13年以来、現在まで銀座一丁目の店舗しかない。「たくさんできれば普通のお店になってしまいますから」という言葉が印象的だった。規模の経済を追うのではなく、唯一無二であることを大切にするほうが偏愛的な強さを担保できるということなのかもしれない。
ちなみに現在新規出店をようやく考えているそうだが、場所はパリ。セントル・ザ・ベーカリーは国産小麦にこだわるため、パリにパン用の日本産小麦を輸出する。とても面白い。2軒目では、パリにない「柔らかい食パン」という唯一の価値で勝負をする。
ひとつのことに「偏愛」的に特化することは、働く職人さんたちを食パンの世界に没頭させ、他を圧倒する食パンづくりにつながるそうだ。西川氏曰く「職人はまだ極められると言っている」。毎日行列ができるほどなのに、もっとおいしくしたいという欲求があることがすごい店舗になれる原点だと思う。
いまは多くの人が検索順位という形で機械的に編集された情報に触れている。セレクトショップの品揃えや、商業施設の店もどこか似ている。似た条件下で効率を優先すると「編集」は傾向が同じになる。傾向が読めるものは最終的にAIでも代替ができてしまう。一方、「偏愛」は人間ならではのものだ。気になることを、どこまでも突き詰めてしまう。
偏愛とは、機械化、均質化する世界で、ユニークなものを生み出すための、人間の強みを生かした方法論ではないだろうか。さて、あなたの偏愛は何だろう?
【連載】電通総研Bチームの「NEW CONCEPT採集」
南木隆助◎プランナー/アーキテクト。文化、空間、都市などの仕事にかかわる。パリ魯山人展の設計、ユーグレナのオフィス設計、築地場外のブランディングなどを手がける。Bチームの専門は「ワークスペース」と「伝統文化」。