ビジネス

2017.05.13

「編集」は時代遅れ? いま「偏愛」ビジネスがウケる理由

イラストレーション=尾黒ケンジ

もはや爆買い客も去ってしまった百貨店と180度違う店や商品が注目を集めている。

「まだまだ奥深さを究めたい」とクオリティ欲求を刺激する「偏愛」ワールドだ。国内外の白いTシャツだけ揃えたショップなど、なぜか人は偏愛に惹きつけられる。このビジネスモデルが成立する時代背景とはー。


近年「ひとつ」のものに「偏愛」的にこだわったビジネスが注目を集めている。これまでも、あるジャンルを集め「編集」的に扱う専門店やセレクトショップ的なものはあったのだが、よりひとつにフォーカスし、濃い価値を生み出す点で従来とは明確に違って面白い。
 
筆者がそれに気がついたのは一昨年、個人的に和菓子の本を出版したときのことだ。幼少期から食べてきた和菓子職人への想いが強くなり、彼の作品集をつくった。個人的な想いでつくった本で、研究者や出版社が出さない「偏愛」を体現した本だった。そこが面白がられたようで、印刷費を募るクラウドファンディングや出版後の反響は大きかった。

「偏愛」と言えるくらい細分化し、特化したほうが人の関心を引くのではと、周囲を探してみた。すると、白Tシャツだけを何種類も売る、千駄ヶ谷の店「#FFFFFFT(シロティ)」や、3種類の食パンだけを扱い行列ができるパン屋、文房具マニアの小学生の夏休みの宿題が出版された文房具本『文房具図鑑』など、多様なジャンルの「偏愛」で生まれたものが注目を集めていた。

徹底して絞った視点で、強い差別化につなげる。それは「編集」でできたセレクトショップ型のビジネスとは違う「偏愛のビジネスモデル」と言えるのではないか。
 
そのひとつがセントル・ザ・ベーカリーだ。食パンだけを3種類扱うという従来と違うパン屋に連日行列ができている。この記事を書くにあたり、セントル・ザ・ベーカリーを経営するル・スティル社の代表取締役、西川隆博氏へのインタビューの機会を頂いた。
 
西川氏は兵庫県をルーツにする1947年創業のニシカワ食品の3代目だ。新規事業として2003年に「日本一高いパンをつくる」と、日本で最も高くおいしいバゲットを売りにしたヴィロンというパン屋をオープン。その後09年の世界初のエシレバター専門店出店などを経て、13年に食パン専門店セントル・ザ・ベーカリーをオープンした。
 
西川氏の話は明快だった。食パンは日本一食べられているパンであり、市場は大きい。1種類のパンに、素材や製造環境を注力すると圧倒的においしい食パンができ、それは強い差別価値をもつ。おいしい食パンの味は各人にお店で体験していただき、この記事では西川氏にお聞きしたなかで、「偏愛のビジネスモデル」ならではのユニークな戦い方に触れたい。
 
例えば、セントル・ザ・ベーカリーはすべてが「食パンの偏愛体験」でできている。テイクアウトでは焼きたてのパンの湿気がこもらないよう煙突状に開けた包装で渡され、温もりとパンの香りが漂う。

店内では、3枚の食パンを3種のバターとともに食べ比べるメニューがあり、比べることで、より味に敏感になるし、形やテクスチャーが違う食パンとバターが並ぶ様子は楽しい。食べ比べる食パンを焼くために、何種類ものトースターが用意され、焼き方の個性も楽しめる。すべてが食パンを楽しむためのまさに偏愛体験設計であると思う。
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南木隆助 = 文

この記事は 「Forbes JAPAN No.34 2017年5月号(2017/03/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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