「生産性の低さへの厳しい視点」が、ダイバーシティ「経営」を推進する大きな要素であるー。そう語るのは、リクルートワークス研究所の所長であり、「競争戦略としてのダイバーシティ経営(ダイバーシティ2.0)の在り方に関する検討会」のメンバーである大久保幸夫だ。人材マネジメント、労働政策を専門とする同氏に、「ダイバーシティ経営」の現況と展望について、話を聞いた。
日本企業の女性活躍を含めたダイバーシティへの取り組みはいまだCSR的な要素が強く、「経営」としてのダイバーシティを本当の意味で行っている企業は少ないと言わざるをえません。
ダイバーシティとは多様な人が集まっている状態です。しかし、それだけでは組織はよくなりません。多様な人材、一人ひとりがその個性を思う存分発揮して活躍する「インクルージョン」の領域にまで達しなければ、本当の価値はないのではないでしょうか。
「インクルージョン」はアメリカでも比較的新しい概念で、企業経営の中で使われるようになってから時間が経っていません。しかし、中でも象徴的なのは、ダイバーシティ先進企業といえるIBMで、それまで「チャレンジ」だった女性活躍のメッセージを、2015年に「Be Yourself(自分らしく)」に変えました。
また、分かりやすいマネジメント哲学として取り入れたのがトレンドマイクロ社です。同社は「P(業績)=p(潜在能力)−i(障害)」をマネジメント哲学として掲げています。人はそれぞれとても大きな潜在能力を持っているが、周囲の環境やマネジメントの助けなしには才能を開花させることはできません。だから、i(障害)を取り除くことに経営のエネルギーを注ぎ込む、という考え方です。
さらに、それを実現する仕組みとして機能しているのが、アメリカで広く導入されて、普及している、EAP(Employee Assistance Program)です。
日本でEAPはメンタルヘルス、いわばうつ病などの従業員に対するものという印象が強いのですが、本来は業務のパフォーマンスに影響を与えている、介護や子育ての悩みなど多岐にわたる個々の問題について、専任のスタッフが交通整理をして専門家につなげ、それを取り除くことでパフォーマンス向上につなげる。いわばインクルージョンを支える仕組みとして広がっています。
日本でのダイバーシティへの取り組みは、少子化問題が深刻となり、00年代初頭に社会政策の法整備から入ったこともあり、そのひずみが出てきている段階です。
「資生堂ショック」(編集部注・15年、同社では時短育休勤務の女性とその他の従業員の待遇の差が深刻な問題となり、育児中でも遅番は土日勤務に入ってもらい、勤務制度を平等とすると発表したところ、メディアで「ショック」という言葉と共に取り上げられた)の問題では、お客が最も多いピークの時間帯に美容部員が不足する、という会社の利益と女性の働きやすさが相反する事態が生じました。