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NBC / Getty Images

サーシャ・コーエンが2006年のトリノオリンピックで銀メダルを獲得してから10年。あれ以来、フィギュアスケートの女子シングルで米国にメダルをもたらす選手はまだ出てきていない。31歳になったコーエンは、この春ニューヨークにあるコロンビア大学を卒業する予定だ。スケートリンクから遠ざかって久しく、今はもっぱら学業にいそしんだり、時々海外旅行へ出かける日々だ。コーエンは今回の独占インタビューを通じて、彼女のスケート人生やオリンピックを終えた後の歩みについて語ってくれた。以下はインタビューの前半だ。

ジム・キャッシュ(以下ジム): トリノオリンピックのロング・プログラムの直前の様子を教えてください。たしか、ショート・プログラムが終わった時点では首位に立っていましたね。

コーエン: トリノへは家族が応援にかけつけてくれました。でも試合会場にいるのは私のファンばかりではありません。ロシアのジャケットを来た人たちからはブーイングを受けました。とにかくすごく緊張していたのを今でも覚えています。ショート・プログラム後の練習中に脚の付け根を負傷し、一日に三回も治療を受けなければならない状態でした。私が公式練習に姿を見せなかったことをめぐって、メディアからは様々な憶測が報道されていました。そのような状況でロング・プログラムの本番を迎えたため、私は息を落ち着かせて自分の出番を待つのが精いっぱいでした。緊張のあまり体が震えていました。

ジム:とてつもないプレッシャーだったのですね。

コーエン: ええ。でも、私はあの場面を通じて真の集中力を身につけられたと思っています。色々な雑念がある中で、とにかく自分の目の前にある一つのことに意識を集中させなければいけないのです。バスに乗り、アリーナに到着し、ウォームアップをして、スケートシューズの紐を結び、滑走順を待つ・・ということを、服を着る要領で順番に一つひとつ、深く考えないようにしてやっていきました。そしていざ自分の名前が呼ばれると、その瞬間に色々な想いがこみ上げてくる。たった4分間の演技で、私の残りの人生が劇的に変わるかもしれないのです。ああいう場面で集中力を持ち続けるというのは、言葉に表せないほど大変でした。

ジム: 初めてオリンピックに出場したのは、2002年に開催されたソルトレークシティ大会ですね。当時はまだ17歳でしたよね?

コーエン: 本格的な国際大会への出場はあれが初めてでした。3週間の大会期間中には世界中がオリンピック一色になってアスリートに注目が集まる-オリンピックってなんてすばらしい大会なのだと思いました。それまで縁のなかった他競技の選手に会うのも、もちろん初めての経験でした。オリンピックの代表になるような選手はみんな、数えきれないものを犠牲にしてでも自分の信じる道に人生を捧げている人たちです。だからこそ、違いを超えて深いレベルでお互いに理解し合うことができました。厳しい練習を乗り越えて、似たような道を歩んできたからこそ共感し、分かり合えることがあったのだと思います。


ジム:ソルトレークシティオリンピックでは、G.W.ブッシュ大統領(当時)といっしょにテレビに映っていましたよね?

コーエン:開会式のとき、ブッシュ大統領の隣に座っていた場面ですね。最初に警護の人が「大統領がお越しになります」と言ったので、母に電話で「大統領がここに来るのよ」と伝えたのですが、母はあまり本気で取り合ってくれませんでした。だから大統領が到着したとき、母に電話をかけ直して、「ブッシュ大統領、母と電話でお話してくれませんか。母は私が大統領といっしょにいると言っても信じてくれないんです」と大統領にお願いしました。そうしたら大統領は電話をかわってくれて、母に「娘さんはお行儀よくふるまっていますよ」などと話してくれました。あれは本当にいい思い出ですが、よく考えたらまだまだ子どもでしたね。

ジム:ところでコーエンさんは、以前ご自分の青春時代について、「ジョニー・ウィアー(男子フィギュアスケート元米国代表)といっしょに巨大な冷凍庫に閉じ込められているようなもの」と表現されていますが、あれはどういう意味だったのでしょうか。

コーエン:スケートを通じて出会った人たちは確かに芸術的で素晴らしい人ばかりでしたが、一方でみんなちょっと普通ではなかったから、限られた世界での窮屈さを感じていたのも事実です。だから、ニューヨークに着いたとき、街には一般の人がいっぱいいて、本当にワクワクしました。そんななかでも、ジョニー・ウィアーは常に私にとって最高の「ガールフレンド」でいてくれました(笑)。ジョニーとは12歳のときに知り合って、それ以来、初めての国際大会やオリンピック、アイスショーなど、色々なことを共に経験し乗り越えてきた仲です。そして今はお互いに「これからの人生をどう生きるか」という岐路に立っています。そのようなことを分かち合える友人がいるということは、心から有難いことだと感じています。

(後編はこちら

編集 = Forbes JAPAN 編集部

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