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ビッグデータ、ストレスコントロール、予防医学……。健康を維持するためのモノサシは時代とともに変わる。ハーバードで公衆衛生を学んだ医師が、最新の「命と健康の処方箋」をお届けする。

「今思い返してもぞっとするよ」
バーナードは回想する。

1959年、当時内科医であったバーナードは重症の慢性不整脈患者を担当していた。万策尽き、死を待つばかりだった。彼はそのとき、「電流を加えることで心臓にショックを与える」という論文を思い出した。

「通常の治療を行って患者さんを助けられなければ、それはしょうがない。誰もそれを責めはしない。しかし、もし新しい治療を行って患者さんが死んだら……」
 
心臓に電気ショックを与えるなど、当時では考えられない治療だ。しかしバーナードは新しい治療に懸けた。患者さんの病室に行き、本人と彼の妻に説明した。すると、「君がいいと思ったことをやってくれ。それでだめだったらしょうがないさ」と言われたものの、病院長も麻酔科部長も皆反対である。結局すべてバーナードの責任のもとで行うという条件で実行に移された。患者さんは全身麻酔下、電気ショック療法を受けたのである。
 
バーナードは、「ゆっくりとした、しかしそれでいて強く規則正しいラブドブという音を私は聞いた。まさにベートーベンの運命の曲が聴こえた気がしたよ」と感動的なシーンを思い出した。患者さんは瞬く間に元気になって、翌日退院したというのだ。
 
しかし、話はこれで終わらない。術後の調子がよかったことから、患者夫妻はマイアミに旅行に行ってしまった。案の定、旅先で再び不整脈発作を起こした。なんとかボストンにたどり着いた患者夫妻は、バーナードの待つ手術室に入った。しかし、感動的なシーンが蘇ることはなかった。
 
バーナードには大きなショックだった。その後、研究室に朝から晩までこもって電流の最適な条件を探す研究に没頭した。ついに完成した機械が「DCカウンター」。現在のAEDの原型となるものだ。しばらくは「自分の患者に使いたい」と申し出る医師はいなかった。しかしチャンスは訪れた。不整脈から急速にショックに陥り、血圧も触れず意識も混濁状態の患者さんが担ぎ込まれてきたとき、担当医はDCカウンターの適応を判断したのである。

「1回のショックで、患者さんは1分後にもののみごとに回復したよ」
 
DCカウンターはその後、AEDとなって世界に広がり、大勢の命を救ってきたことは周知の通りである。のちにバーナードは、核戦争防止国際医師会議を設立。冷戦終結のきっかけをつくった医師として、ノーベル平和賞を受賞した。大勢の命を救うことに挑んできたバーナード・ロウン博士は現在94歳にして現役。ハーバード大学公衆衛生大学院名誉教授である彼のセリフは、私の人生にも大きな影響を与えた。彼はこう言い続けるのだ。

「我々が診療するのは心臓ではなく心臓を持った人間である」

浦島充佳(東京慈恵会医科大教授)/ ichiraku / 岡村亮太 = イラストレーション

 

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