窪田望、ユニークな人物に出会った。既存の枠に当てはめることができない。経営者としてAIとデータ解析に21年間携わった経験を持ち、同時に「AIの影」をテーマにアート作品を制作するアーティストである。不確実性高まる時代にはアート脳とビジネス脳を融合して挑むべきと考えている私としては窪田氏の軌跡、視点に興味が尽きない。
慶應義塾大学総合政策学部在籍時にクリエイターズネクスト社を起業、現在もビジネスを続ける傍ら、現在では東京藝術大学大学院先端芸術表現修士課程に身を置きアート制作活動を行う。直近ではAIがデータを前処理する上で排除する異常値をテーマにした作品を作っている。まず彼の作品を紹介しよう。

AIによる検閲や排除が、知らぬ間に社会に浸透している現実に警鐘を鳴らす窪田氏のコンセプトの一つが「外れ値の咆吼」だ。AIのNot Safe For Work(ASFW 職場や学校などパブリック環境での閲覧注意データ)フィルターにより、生成AIが「危険」と判断した指の欠損した画像1万点を救出し縦4mの巨大作品として蘇らせる。
展示場所は、かつて交番があった場所。監視や検閲の象徴である空間で、AIが無自覚に消し去ったイメージを前面に押し出す作品には過去のアート作品、批判が読み取れる。工業的被写体をタイポロジー(類型学)的に記録したベッヒャー夫妻の写真群がSekula(2003)によって写真の社会的・政治的文脈をほとんど切り離してしまうという点で批判されたことをリファレンスにし、ベッヒャー的な構図をあえて検閲され排除された画像群に適用することで、皮肉的に再活用しているという。
裂手症の方の指を型取る彫刻作品「3分の3」「4分の4」も同時に発表し、5本指でなければ「正しくない」とみなすAIアルゴリズムが、無意識のうちにマイノリティを排除することへの批評性を持つ。鑑賞者がAIの無自覚な暴力性に加担している可能性を突きつける。


また、「革命の夢」と題した作品では、AIと人権の関係に着目。AIを社会秩序の管理者とする未来像に対し、1789年のフランス人権宣言が「人(Homme)」を事実上、男性のみと想定していた点に着目し、AIが人権を定義する時代に、誰が排除されるのかという問いを投げかけた。

方言の消失をテーマにした作品では、AIが標準語には対応する一方で、地方の言葉を適切に認識しないことに着目し、山形県西川町と連携し、方言を記録・保存する取り組みを行った。

廃校を舞台にプロジェクションマッピングを実施し、参加者と共に「芋煮」を囲むことで、言葉と文化の継承の在り方を提示した。
経営者としての視点とアートの力を掛け合わせ、効率化や標準化の名のもとに見落とされる『声なき声』を掬い上げる——窪田氏の作品は、AI時代の光の裏に潜む影を、現在に浮かび上がらせる試みでもある。