AI後進国・日本での伝わらなさと失意
SXSW 2025での展示を終えた井口氏にとって、日本に帰国後、あらためて直面したのは「伝わらなさ」の壁だった。アメリカで得た手応えとは対照的に、日本のビジネスシーンでは、timespaceが持つ思想や技術への理解が思うように得られなかったという。
井口:「まず痛感したのは、日本のビジネス層には、timespaceの持つ世界観や技術志向性がほとんど伝わっていないという現実でした。自分がたまたま感度の低い相手に当たっただけかもしれませんが、それでもこれは構造的な問題だと感じました。
timespaceは、グルメアプリや単なる地図アプリとは全く異なる思想で作られています。ユーザーの好みをA/Bテスト的なUIで学習し、その嗜好に沿ったプリファレンスを即時生成する。そして世界モデルを応用しながら移動経路をプログラムし、都市のナビゲーションを再定義する。これまでのナビアプリの発想とは根本的に異なる設計思想があるのですが、見た目だけでは“ただのPOI推薦アプリ”にしか見えないのかもしれません。
本質的には、人の移動の動機そのものを文脈理解し、都市の時空間のダイナミクスを捉えて、リアルな空間をウェブ空間のように編集・最適化する——そんな構想に基づいています。けれど、それが伝わらない限り、日本ではこの世界観を広めるのは非常に難しい。少なくとも、2025年中に浸透させるのは無理なのでは?と思うと、正直、失意に近い感覚がありました」
彼の中でくすぶるのは、テクノロジーそのものの遅れだけではない。
井口:「日本のAIツールに関する議論のステージは、欧米に比べてかなり遅れている印象です。多くが『巨人たちの後追い』を前提にした保守的な議論に終始していて、そこに未来を読む前向きな姿勢が欠けている。AIを活用してどう社会や体験を変革するか?というビジョンがない限り、それはスタートアップとは呼べないのではないでしょうか。チャットUIでプロンプトを工夫するだけがLLMの活用ではない。都市という巨大な情報空間の可能性を、もっと先へと繋げていきたい——今、そんな課題意識をより強くしています」
