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「縦読み漫画全盛」の戦国時代、漫画家たちは闘う。『モーニング』新人賞作家の場合

漫画家・矢島光氏

漫画家「月給制」も?

では矢島氏は、兼業作家に戻った今、何を感じているのだろう。
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専業漫画家としての毎日は、一カ月間、誰とも話さないような状況がよくありました。それでも最初の2、3年ぐらいはストイックに打ち込むことができていたのですが、ひどい反動がきてしまって。心の支えやライフラインになるものが一切ないように感じたんです。

それもあって、会社で働くことを決意しました。創作は就業時間の前後。早朝と深夜。あとは週末。当然、時間はかなり限られてしまいます。

でも、兼業に戻って本当によかったと思っています。なぜなら、今のバイト先の上司が『ずっとここで働いてほしい、でも漫画も描いてほしい』と言ってくれたとき、『守ってくれる人を身近に感じながら漫画を描ける世界も、もしかしたらあるのかもしれない』と救われた気持ちになったんです
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矢島氏はこうも話してくれた。

今、漫画編集者に優秀な人材が集まってきているのだとしたら、それは、私の目には『漫画を愛する知性が漫画家を助けに来てくれている』ように見えます。

漫画家は、キャラを作り、世界観を作り、ストーリーを作り、絵まで描きます。このように”多くを一人で担う”ことは、かっこよさであると同時に苦しみの根源でもあると思います。何かが起きたとき、責任の所在を一切ボカせない。集団であれば乗り越えられるはずの精神的負担を、どうやったって抱えがちになります。

漫画編集者さんというのはその姿を直で見るお仕事ですから、こちらも並大抵の精神力では務まらないと思います。2020年頃からwebtoonスタジオが立ち上がってきており、そこで活躍する漫画家さんはたくさんいらっしゃいますし、お声がけいただくこともあります。光栄であり、素晴らしい業界の動きを感じるのと同時に、”すべて一人でやる”からこそ生まれた、あるいは許された、偏り・隙・多様な表現を受容する原始的な漫画カルチャーを愛してやまないのは、私だけではないように思います

ちなみに海外では、執筆準備期間中に作家の生活を担保するため、版元が「前払い金(advance payment)」を支払う文化がある。そして実は、日本の漫画産業にも新しい動きはあるようだ。

たとえばコミックスマート社は作家に著作権を行使させない代わりに、原稿料ではなく、月額固定、いわば「月給」を作家に支払う契約をベースに、「創作活動に集中できる環境」を提供する取り組みを行っている(契約内容は随時変更があるようだ)。

また、ゲームソフト開発のサイバーコネクトツーも同じく「給料制」を取っている。産業システム改革のための新しい試みとはいえるかもしれない。

日本の日刊新聞初となる「4コマ漫画」が掲載されたのは1890年、『時事新報』だった。そこから「縦スクロール」の文化が生まれるまで百数十年。長い歴史を持つ漫画業界は今、まったく新しい熱狂の渦中にある。編集者もプラットフォームも、「逆指名」「持ち込み放題」、そして上の「月給制」など、過去トライしたことのない新システムの導入を試みている。まさに彼らも試行錯誤の只中のようだ。

その中で、真の作り手である書き手たちの心理的安全と暮らしが担保されるようにと願わずにいられない。


>>慶應大出身の漫画家が勉強ラブコメで描く「彼」と、「ファスト&スロー」の理論 に続く


矢島光(やじま・ひかる)◎漫画家。1988年東京都生まれ。 慶應大学環境情報学部卒業後、サイバーエージェントに入社し、フロントエンジニアとして「アメーバピグ」の運営に携わる。2015年に退職、専業漫画家に。 著書に漫画『彼女のいる彼氏』『バトンの星』など。現在はメディアの編集部で経理アシスタントとしてアルバイトをしながら執筆に取り組む。

構成=石井節子 撮影=藤井さおり

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