その後、専業作家の期間を経て一時はメンタルの不調にも苦しんだ矢島氏だが、11月、新作読み切り漫画『丸勉(まるべん)』を一迅社(一迅プラス comic HOWLコミックハウル)から発表した。実は現在はふたたび、あるメディアでアルバイトをしながら、パラレルワークで創作をしているという。
「縦読み漫画全盛」の戦国時代、漫画家たちは闘う。『モーニング』新人賞作家の場合 に続き、本編では新作である「勉強ラブコメ」について話を聞いた。作品の裏に流れる「ファスト&スロー」の思考システムとは。
「ファスト&スロー」の理論
「20代の私は怒りや怖ればかりをモチベーションにしていたんです」孤独な環境や自罰感情が重なった結果、矢島氏は5年ほど前にメンタルを崩してしまった。症状は重く、最初の2年間は立ち上がることすらままならなかったという。
そしてそのとき、氏は初めて自分の中にある感情のわだかまりと向き合ったのだそうだ。
「カウンセラーさんの力をお借りして年単位の時間をかけて『内観』(自分の意識や状態を観察すること)してみたんです。そうすると自分の怒りや恨み辛みが具体的に見えてきて、同時に自分の間違いにも気付けるようになりました。
かつては担当編集者にもすごく攻撃的でした。たとえばアイデアが浮かばないときに手伝いをお願いして、面白い案が出てこないというだけで逆ギレしたり。
そういう関係性で楽しく良い作品がつくれるわけがないんですよね。やっぱりお互いを信頼しないと本音を言い合うこともできない。当時の私は助けを求めながら助けてくれようとしている相手を拒絶していたんです。そのくせ「誰も助けてくれない」と怒っていました。なんとも未熟なことですね。そりゃあ孤独にもなります。
そういう部分と数年かけて向き合っていきました。自分のあやまちを正面から認識するのは辛かったんですけど、結果として自分の怒りを徐々に解消していくことができました。おかげで今回の読み切りを担当してくれた編集者さんとも良い関係を築けています」

苦しい時期を乗り越えた矢島氏が11月に発表した新作『丸勉(まるべん)』。入学したばかりの女子大生が主人公の本作では、『ファスト&スロー』の理論が取り入れられている。
「ただのラブコメとして読むこともできますが、知識を持っている人に気付いてもらえるような仕掛けを用意している作品でもあるんです」
ご存知の方もいると思うが、ファスト&スローとは、行動経済学者で、ノーベル経済学賞受賞者でもあるダニエル・カーネマンが提唱した人間の思考システムである。彼によれば人間には速い思考(システム1)と遅い思考(システム2)が備わっているという。大別すると速い思考は直感を、遅い思考は熟慮を指す。
「今回の作品は、平たく言うと『大学で勉強しよう』っていう物語なんです。
小中高までは速い思考を求められる機会が多いんですよね。瞬発的な記憶力であったり、計算速度であったり。もちろんそれも大事なことなんですが、大学以降では遅い思考、じっくりと考える力を活かす場面が増えてくるような気がして。
この二つの思考を組み合わせた知性を持つ人を主軸にしようと思いました。私自身がインテリフェチで、細長い体型のインテリの登場が、今回の漫画を描く一番の原動力でした(笑)」
