照準は「自動運転の次」
一方、AIスタートアップを率いるリーダーとしては歯がゆさを感じている。「現時点で私たちはテスラや中国のプレイヤーたちに負けています。これはすべて私に帰す話。立ち遅れている要因として、米中に比べてお金がないとか人がいないと分析する人もいますが、創業初日からE2E自動運転開発をやっているのは日本で我々1社だけだし、AIの国際コンペで活躍している日本人も多い。それなのにお金や人を集められないのは自分の責任。悔しいですね」
経営者として力不足を痛感しているものの、だからといってよく言われる良きマネジャー像に自分を寄せようとしないところが山本らしい。
「意識しているのは、ズレ続けること。組織は放っておくと普通になる慣性が働きます。でも、私たちは普通の会社になりたくて集まったわけじゃない。リーダーがみんなと同じようなことを言い始めると、そこでおしまいです」
チューリングは「We Overtake Tesla(テスラを超える)」を社是に掲げる。E2E自動運転で先頭を行く競合の名前を社是に入れる時点で相当に尖っているが、山本は本気だ。
「実は私はテスラユーザー。世の多くのプロダクトは、最初は哲学があっても、次第に多くの人の平均値を取り始めて哲学が濁っていく。しかし、テスラにはそういったところがない。悔しいですけど、最大のリスペクトをもっています」
尊敬の念さえ抱かせる相手をどう追い越すのか。チューリングは東京都内の市街地を人間の介入なしで、30分間以上自動運転で連続走行する「Tokyo30」を25年に実現することを目標にしている。これができれば「世界のトッププレイヤーたちのコンペティターになったと言えると思う」。
ただ、それでも背中はまだ遠い。チューリングは30年の完全自動運転を目指すが、その前にテスラや中国メーカーが実現している可能性は高い。山本は「自動運転の次」に照準を合わせている。
「次のトレンドはEmbodied AI (身体性のあるAI)。テスラはヒューマノイドをつくろうとしています。実は自動運転とヒューマノイドのAIは、ほぼ同根の技術です。テスラは5年10年で倒せる相手じゃない。次のステージで追い抜くために、自動運転で力をしっかり蓄えます」
インタビュー中、「悲しい」「悔しい」という言葉を何度も口にした。ネガティブな言葉は、時に諦めや責任転嫁の気持ちを引き起こす。しかし山本はネガティブな言葉を、むしろ自らを焚きつける原動力にしている。山本が悔しがるほど、チューリングはテスラの背中に近づいていくのだ。
山本一成◎1985年生まれ。2017年、開発したコンピュータ将棋プログラム「Ponanza」が佐藤天彦名人(当時)を倒す。東京大学大学院修了後、HEROZに入社し、リードエンジニアとして上場まで助力。21年、チューリングを共同創業。