第2特集では「日本発AIスタートアップ50選」を初公開!AI分野へ投資しているベンチャーキャピタルからの推薦を経て、革新性、市場性、成長性、チーム力、調達力の5つの基準をもとに編集部で選出した。今、注目すべき企業たちとは。
かつて「将棋AI」で名人を下した天才エンジニアの次なる挑戦。「テスラ超え」という大きな野望をいかに実現していくのか。
「自動運転は世界的に重要な課題。米中には、AIセントリックで完全自動運転を実現しようとする組織が爆発的に増えている。それなのに、日本に私たちのコンペティターはほとんどいない。これは悲しむべき話です」
自動運転スタートアップのTuring(チューリング)を率いる山本一成は、国を代表する基幹産業でありながら自動運転で立ち遅れている日本の現状をこう憂いた。
自動運転技術にはふたつの方向性がある。ひとつは車に搭載したセンサーや3次元の高精度な地図データを使い、人間が設定したルールに基づいて運転を制御するやり方だ。日本では大手自動車メーカーをはじめスタートアップも、この方向性で研究開発を進めてきた経緯がある。
しかし、山本は「ルールベースの制御には限界がある」という。例えば、「子どもはフェンスの向こう側なので飛び出してこない」という前提でルールを設定しても、実際にはフェンスに穴が開いている可能性はゼロではない。それを想定し直してルールに組み込んでも、現実には人が想定しきれない状況が発生しうる。
「自動運転が研究され始めてから、これまで膨大な数のコードが書かれてきました。でも、たとえ10万行を100万行にしたところで、人の知識を与えることを前提にしているかぎり、完全自動運転は実現しない」
どうすれば限界を超えられるのか。自動運転のもうひとつの方向性が、AIセントリックな「End-to-End(E2E)」と呼ばれるアプローチだ。単一のAIがカメラ映像のデータのみを使って運転に必要なすべての判断を担う。人の介在は最小限で、LiDAR(光検出と測距)システムのように高額なセンサーや3次元の高精度な地図データは不要だ。
山本がE2Eを選んだのは、将棋AI「Ponanza」を開発した経験があるからだ。かつては将棋ソフトも「王将の横に金があればプラス5点」というようにルールベースで開発されていたが、山本はその限界を見抜いて機械学習ベースで開発。17年、「Ponanza」は初めて名人を破った将棋ソフトになった。
将棋AIから引退して、自動運転の世界に足を踏み入れたのは21年。そこには、かつて見た世界と同じ光景が広がっていた。「20世紀の科学は物事を細かく分解して再合成する要素還元主義的な考え方が主流でした。しかし、今やAIに代表されるように、人類の科学力は複雑なものを複雑なまま扱えるレベルになってきた。自動運転もその方向で開発されているのかと思っていたら、思いのほかAIじゃなかった」
あらゆる条件下で車が人間の代わりに運転操作する完全自動運転に挑んで4年。開発した独自AI「TD-1」を搭載した試験車は、すでに高速道路のような比較的複雑性のないところで白線の間を走ることはできる。直近では、右左折したり信号を見て停止したりするといった一般道の運転にステージを進めている。
「信号が赤でも、下に青の矢印が出ていて、その方向になら進める場合があります。人間が明示的にコードを書かなくても、AIがそれを見て『このときは進んでいい』と勝手に理解し始めている状態です。手ごたえはつかんでいます」