2009年、満を持して、全幅の信頼をおいている長年の料理人の友人とともに、「The Chairman」を創設。その独創的でありながら、広東料理の伝統に深く根差した料理は、またたくまに評判となった。そして世界の階段を駆け上がっていったのである。
三大料理の名に恥じないために
料理に関して、最も気を付けていることを聞くと「Taste」という答えがすぐに返ってきた。ゲストにとって美味しいということが何より大切であるという姿勢を貫いている。そして「Creation」が次に口をついて出た答えだ。「中国料理というと誰もが思い浮かべる有名な料理がいくつもあるように、良くも悪くもステレオタイプなレシピを継承した料理が多いけれど、それでは料理が退化してしまうと考えています。進化があって初めて、三大料理の名に恥じない、世界に誇る料理文化としてとどまっていられるのであって、同じことを繰り返していたら、それは退化でしかない」と語る。
ある日のメニューはアミューズとして豚足のテリーヌから始まり、スモークドダック入りのタロイモのコロッケ、スパイシーなラムのバラ肉の鮑巻き、北海道産の帆立貝と春雨の蒸しもの。ここまでが、広い意味での前菜だ。
次がいよいよ、スペシャリテ中のスペシャリテ、花蟹のぶつ切りを年代ものの紹興酒で蒸し煮し、腸粉のような平たい麺を添えて、汁を吸わせながら食べる一皿。殻付き、骨つき、丸ごとを料理することを最上と考える広東料理の真骨頂といえる。
続いて厚切りのチェアマンスタイルのチャーシュー。甘さもほどよく舌にとろけるやわらかさだ。締めの前に、何時間も蒸して味を引き出すダブルボイルスープが出され、五臓六腑にしみわたる。そして、小いわしの炊き込みご飯で締めくくりとなった。どの一皿もシンプながら機知と工夫に富んでおり、心に残るものばかりだった。
料理哲学を聞くと「Less is more」だと答える。
「過剰に手をかけたり、華美に飾り付けることを私はしません。フカヒレ、ナマコ、ツバメの巣、キャビアなど、不必要な高級食材も敢えて使いません。必要がないんです。ほかにも魅力的な食材が山ほどある。けれど、選び抜いた新鮮な食材の持ち味を引き出すために、食材の下処理や塩の打ち方、火入れなどには人一倍神経を使っています」
そこにこそ広東料理の真実があることを、広く、ローカルのゲストを含め、インターナショナルに広めたのだ。ベストレストラン50での評価が高いのは各国の評議員が足を運んでいるということにほかならないのだから。