6月に、地元の薬局、訪問看護ステーション、同市いきいき支援センター(地域包括支援センター)などのメンバーで話し合った際には、各機関の連携の難しさが課題に上がった。
「個人情報保護がネックになって……」と悩む関係者に、同診療所の水野元和事務長が「支援するのだから、気にしないで連絡を」と呼び掛け、ケアマネジャーの市川年男さんも「うちの患者さんじゃなくても、連絡いただければすぐに行きます」と力を込めた。
地域活動が低調 赤字をどう転換したか?
現在の活動の出発点となったのは、21年12月に「社会的処方」をテーマに開いたまちづくり交流会だった。川崎市の緩和ケア医・西智弘さんがまとめた『社会的処方─孤立という病を地域で治す方法』(学芸出版社)が話題になり始めた時期。「薬以外の方法で人を元気にできる」とスタッフの意識を共有できたことが、大きかったという。同生協は、住民参加の医療運動として全国に知られる存在。9万7000人以上の組合員が出資して「おたがいさまのまちづくり」を掲げ、南生協病院など街と一体になった医療機関や福祉施設群を運営している。患者が生活上の困りごとなどを「おたがいさまシート」に書いて地域ささえあいセンターにFAXすると、解決に動いてくれるリンクワーカー的な住民組織もある。
「リンクワーカーという魅力的な言葉を知ったし、今まで南医療生協でやってきた活動が正しかったと自信を持つこともできた」と水野事務長は語る。
だが、築36年の桃山診療所は、設立時の組合員たちが世代交代して地域活動が低調になり、年間1000万円以上の赤字経営が続いていた。それが、新たな取り組みとともに外来、訪問診療ともに利用者が徐々に増え、昨年は外壁塗装などの臨時出費を除けば収支トントンに。今年はさらに増収が見込まれている。
「無理をしない」のが成功の鍵
医師生活20年の藤田所長自身も、元気になった一人だ。総合病院で初期研修を受け、消化器内科医になったが、患者を丁寧に診ようとすればするほど、診察待ち時間が長くなり、クレームが出る。そのストレスがつらかった。結婚、出産を経て、育児と仕事の両立に悩む時期も長かった。老人保健施設の所長、在宅診療クリニックの非常勤医と、職場を変えても、仕事を抱え込んで精神的に限界になり、続かなかった。
だから、20年8月に診療所長になったときは、職員に「自分が幸せだと感じられる働き方をしてほしい」と呼びかけた。自身も休日や夜間の外来を非常勤医にお願いし、無理しないことを心がけた。そんな中で見えてきたのが、地域の課題。
「以前から、訪問診療に行くと、飲んでいないお薬の山があったりして、医療の限界を感じていました。お薬よりも、だれかとゆっくり話をするだけで元気になれる人はたくさんいるのに、コロナ禍で、つながりの機会が奪われてしまっている。それで暮らしの保健室を始めたら、私も職員も楽しくなったんです」
休日のイベントにも、高校1年の長女と小学校5年の長男を連れて参加するなど、育児との両立が無理なくできるようになった。何より、住民が元気になる姿を見ることが自分を元気にしているのを感じるという。
南医療生協という大きな仕組みがあってこそ実践できている部分も多いが、一般のクリニックでも取り組める社会的処方の心構えを尋ねた。
藤田所長は「しんどいのに無理強いするのはダメ。職員も楽しくできる活動を」。羽柴看護師主任は「いつも玄関のカギを開け、健康な人も来られる診療所にする」。水野事務長は「近隣の医療機関を競争相手と考えず、交流して、一緒にできることを探っていく」と語る。地域の元気の輪づくりは、こうした小さな一歩から始まるものだろう。