多くの医療機関は、診療報酬に反映されない活動には及び腰になりがちだが、社会的処方を学び、実践することで、経営の立て直しに成功したクリニックもある。
名古屋市緑区、南医療生協桃山診療所(藤田亜紀子所長)の取り組みから、超高齢社会に求められる地域の支えを考えてみた。
「暮らしの保健室」の中身
5月下旬の月曜日午後、同診療所の待合室には、20人近い高齢者が車座になっていた。4年前から毎月開催している「暮らしの保健室」のイベントで、この日のテーマは「気軽にトライ! 日々の暮らしに鍼灸を」。訪問マッサージを手掛ける鍼灸師の佐々木三佐子さんを講師に、顔や手足のつぼマッサージ、簡易なお灸などを学んだ。こうした企画は、常連の参加者たちと話し合って決める。フレイル予防体操、絵手紙教室、まちづくり交流会、七夕まつりといった催しにも参加者が増えてきた。
世話役の一人・須田雅子さん(84)は、夫の介護、コロナ禍で地域のつながりが途切れ、夫を看取った後も、家に引きこもりがちだった。夫の在宅ケアを担った訪問看護師に誘われ、暮らしの保健室を手伝うようになって、人生が変わった。
「今は、週2、3回はここに来てます。みんなと交流できるし、新しい友達もできて、本当に楽しい」と笑顔。須田さんに悩みごとを相談するために参加する人もいる。
常連の広瀬紀子さん(83)は「ここに来るのが運動」と、自宅から15分ほどの距離を歩いてやってくる。おしゃれにも気を遣うようになり、毎回、違う古着のコーディネートを楽しむ。「みんなが懸命に生きている姿を見て、家でボーっとしてちゃ申し訳ないなって思うようになりました。元気をいっぱいもらえる桃山診療所は、心の命綱です」。
転機はコロナ禍 地域に頼られる診療所
この診療所は、診療時間が終っても、職員がいる間は玄関に施錠しない。地元の高齢者が気軽に訪ね、おしゃべりする場になっている。看護師主任の羽柴小百合さんはこう語る。「雑談の中で『最近、Aさんの顔を見ないね』といった話を聞いて、帰宅途中に家を訪ねたりすることもあります。訪問看護だと費用が発生するけど、私たちはちらっと見に行ったりできるから」。
認知症の人が地域で長く暮らせるように支えるため、早期に情報をつかんでおく必要がある。藤田所長がそれを実感したのは、2021年にコロナワクチンの接種が始まったときだ。
「まだまだ元気だと思っていた患者さんが、受診券を忘れたり、予約時間を失念したりして、大変な課題だと思いました」
今年1月に開いたまちづくり交流会で認知症をテーマに取り上げた。それをきっかけに、「お米を何度も買っていくおじいさんがいる」(コンビニ)、「何度もクレームを付けに来るおじいさんがいて困っている」(郵便局)といった情報が寄せられるようになり、同診療所のケアマネジャーが出向く機会も増えた。