映画

2024.05.25 12:30

映画「関心領域」 日常生活のなかに潜む「究極の恐怖」を描く

確信犯的に固定されたカメラ

晴れた空に鳥の声が聞こえ、眩しい陽の光に輝く水辺。強制収容所の所長であるルドルフ(クリスティアン・フリーデル)とその妻ヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)は、子どもたちが水遊びに興じているのを眺めている。幸せそうな家族の長閑なピクニックの様子だ。一家がいかにも堅牢な黒い車に乗り込み自宅へと戻ると、彼らの大きな邸宅と庭には美しい花が咲き誇っていた。

次の日、ルドルフは子どもたちに目隠しをされて家の外へと連れ出される。目隠しを取ると、家族が揃っていて、彼への誕生日プレゼントが用意されている。ルドルフは家族への感謝の言葉を残し仕事場へと向かう。そこは邸宅に隣接する強制収容所だ。子どもたちは学校へと出かけ、妻はガーデニングに勤しんでいる。どこにでもある家族の風景だが、注意深く耳を澄ますと、塀の向こうから銃声や叫び声とも取れるかすかな音が聞こえる。

ルドルフ邸の美しい庭園では家族の日常の風景が(c)Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved

本作では、このルドルフ一家の暮らしぶりを努めて冷静に描いていくのだが、その背後には強制収容所が存在していることを知らせる「音」や「映像」がさりげなく配されている。この設えがじわじわと「恐怖」を感じさせる遠因ともなっていくのは言うまでもない。

特に、妻のヘートヴィヒが夫と子どもを送り出した後、近所の有閑夫人たちとゆったりとお茶を楽しんだり、世間話で盛り上がったりしているとき、彼女たちが塀の向こうから聞こえてくる音や立ちのぼる煙にまったく反応することがないという場面では、先の「恐怖」は決定的となる。

そしてある日、一家の長であるルドルフは昇進と転属の辞令を受け、妻のヘートヴィヒにそれを伝える。しかし驚くことに彼女は、「この場所での豊かな生活を手放したくない」と夫に単身で赴任するように言い放つのだった。
妻のヘートヴィヒを演じるのは「落下の解剖学」で主人公を演じたザンドラ・ヒュラー(c)Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved

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文=稲垣伸寿

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