働き方

2024.06.02 15:00

「クリエイティブ労働」の光と闇。芸術と知識をめぐる産業の課題と可能性を読み解く

「クリエイティブ労働」の何が問題なのか?

クリエイティブ労働とはしたがって、これらの分野において知識や情報を生産し、利用する人々の仕事を指す言葉である。自らのクリエイティビティを最大限に発揮し市場に参入していくこの労働形態はもちろん、やりがいがあり充実したものである。しかし、同時に多くの課題や困難にも直面している。

例えばその不安定さ。クリエイティブ労働の環境は、その多くが低賃金、長時間労働、不安定な契約関係を求められ、社会的保護は少ない。また、時間とエネルギー、さらにクライアントや同僚への気遣いなどといった、「感情」をも投資することを求められる。そして「報酬が少なてもやりがいがある」という自己実現の追求から、やりがい搾取に陥ってしまう場合も少なくない。

クリエイティブな仕事のスリルある成功体験などは感動的な美談として語られることも多いが、事業がうまくいかなければ社会の辛辣な目にも耐えなければいけない。その影には自分の「やりたいことをやる」自由にはリスクに対する自らの責任が伴って当たり前だ、という自己責任の論理が公理となってしまった社会構造がある。

クリエイティブ産業に従事する人間はまた、市場における「付加価値」を保証するため、芸術的表現や自律性と、市場や聴衆からの要求や期待とのバランスをとらなければならない。そこには、自らの創造性を洗練させていくアーティストとしての向上心を保たなければいけない一方、特定のスタイルやジャンル、流行に合わせることや、収益性が高く人気のあるコンテンツを制作することへのプレッシャーとも向き合わなければならない環境がある。また、自らのクリエイションに対する知的財産の法的保護がない場合、作品が流用、模倣、海賊版の対象となり著作権をコントロールできなくなるリスクもある。
 
そのため、一見矛盾しているようだが、仕事においてクリエイティブであるということは、束縛とストレスをも伴うものでもある。例えばあるプロジェクトが短期間であった場合、納期までに仕事を仕上げないと自らの評価に影響を与え、次の仕事の可能性にも影響を及ぼす可能性がある。

その一方で、そのプロジェクトの完了を待たずに次の仕事を探さなければならない圧力がある。そのような自転車操業の労働環境で、クリエイターは作品に創造性を失ってしまう、あるいは自ら見出せなくなる場合もあるだろう。さらにクリエイティブ産業の世界は人脈と人望が仕事の可能性に影響を与えやすい。それは単なる「コネ」の世界というわけではなく、実力がコミュニケーション能力によって倍増したり、あるいは半減したりするような仕事環境なのだ。

そこでは、誰を介し、どのような枠組み、あるいは背景で、誰にどんな印象を与えて自らの創造性をアピールするかが重要になる。つまり、作品や活動を自由奔放に表現するだけでは、偶然に恵まれない限り仕事につながらない、つながっても持続しない世界なのである。
 
確かにクリエイティブな仕事は、社会のなかの経済活動においても労働運動においても周縁に追いやられてきた特定の社会的立場にある人々にとって、今や自らの自己実現を達成する重要な手段ともなっている。

例えばA・マクロビーは、著書『クリエイティブであれ』のなかで、女性たちにとって、高揚感を与えてくれるクリエイティブな仕事は恋愛にとってかわる「ロマンス」の対象となると分析している。私たちは、作品がヒットし、プロジェクトが商業化し、収入が上がると、達成感を覚え、そして更なる高揚感を求めるようになる。だが同時にこのロマンスは現代の社会において、仕事の高揚感の根底を数字が支える市場経済の論理に回収されていく傾向にある。
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文=中條千晴 企画・編集=一般社団法人デサイロ

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年6月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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