働き方

2024.06.02 15:00

「クリエイティブ労働」の光と闇。芸術と知識をめぐる産業の課題と可能性を読み解く

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「クリエイティブ産業」は経済成長の新分野として注目を集める一方、その労働に関しては課題が顕在化している。仏リヨン第三大学准教授の中條千晴がその潮流と可能性について読み解く。


0.1%──。何を表す数字だろうか。

これは文化芸術活動に費やされる日本の国家予算の割合だ。その実、韓国の10分の1、フランスの9分の1である。日本は、いわゆる先進国のなかでも文化芸術活動やその受容への体系的な支援が著しく遅れている。一方で、近年はSNSや動画プラットフォームなどの普及によりさまざまなコンテンツが容易に受容できるようになった。それに伴い、映像・音楽・(漫画やアニメを含む)出版産業などの分野におけるクリエイターへの期待が高まっている。だが、そうしたクリエイティブなものが生み出される人々の労働現場について、私たちが知らないことも多い。

さて、「私はクリエイティブな仕事をしています」というと、どんな反応が返ってくるだろうか。称賛や尊敬、あるいは羨望や好奇心、もしくは不信や軽蔑、あるいは無関心や無理解。クリエイティブな仕事をする人とは、一体誰なのだろうか。

創造性や表現力を必要とされるこの仕事は、社会に新しい価値や意味を提供するとともに、クリエイター自身の才能や情熱による社会的成功を実現することを想定する。しかしそれは決して楽ではない。クリエイティブな仕事は、不安定な収入や労働条件、競争や評価の厳しさ、ジェンダーや階層の不平等、やりがい搾取や過労など、多くの課題や困難と隣り合わせの世界である。本稿では、クリエイティブな労働の世界を照らし出し、そのなかで生きる人々の立場を、特にジェンダーの視点から考察してみたい。

経済成長の新たな分野「クリエイティブ産業」とは

クリエイティブ労働という言葉を扱う際に、まず、そもそもどのような種類の仕事における労働を指すのか。ここで「クリエイティブ産業」という言葉に注目したい。現在のクリエイティブ産業の定義はさまざまであるが、例えば日本の経済産業省は「価格ではなくクリエイティビティの付加価値によって市場から選択されるモノ・コト・ヒトからなる」(前掲)分野であるとし、ファッション、食、コンテンツ(映画・映像・放送、音楽、出版、ゲーム、ソフトウェア)、地域産品(伝統工芸品)、すまい(建築、インテリア)、観光、広告、アート、デザインを対象分野としている。
 
クリエイティブ産業はその起源を文化産業にさかのぼることができるが、生産プロセスにかかわる「創造性」に重きが置かれ、純粋に「文化的」であるために必要な基準(つまり商業的ではないこと)を必ずしも満たさない。クリエイティブ産業という用語自体は、1998年に英国政府が、テクノロジー産業を芸術と関連させ「戦略的な産業分野として世界に先駆けて位置付ける」ために採用した。つまりクリエイティブ産業を経済成長のための新たな分野と位置づけたのである。
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文=中條千晴

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年6月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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