働き方

2024.06.02 15:00

「クリエイティブ労働」の光と闇。芸術と知識をめぐる産業の課題と可能性を読み解く

もちろん、支給額や手続きの複雑さなど、手放しに称賛できない部分も多々あるが、しかしながらこの制度がアーティストやクリエイターに生活の保障をもたらすことで、かれらが雇用者やクライアントとより対等な関係に置かれるためのセーフティネットをつくる役割も果たしていることも事実である。実際にフランスでは、アーティストやクリエイターたちが、労働環境向上のために声を上げた運動が起こっているが、その背景には、かれらの生活を保障するこの制度が大きく貢献しているという。
 
アーティストやクリエイターが自らの活動によって生計を立てられる、成功することは、市場主義経済において自己実現とともに語られ称賛されることが多い。しかしこの過程は、当事者を労使の権力関係のなかにたやすく取り込んでいく危険性をはらんでいる。そういった不平等な労使関係を是正するために、このような公的措置が果たす役割は重要であると、アンテルミッタン・デュ・スペクタクルは教えてくれる。

現代の資本主義社会に生きる私たちにとって、労働者が自ら生み出したものの正当な所有者となることは難しい。その正当な権利を取り返すため闘わなければというのは簡単だが、クリエイティブな仕事の世界においては、あまりにも多くの障壁があり、その障壁が問題の本質を何重にも覆い隠している。そして、多くの場合、そうした状況で働く人々には、声を上げられるだけの十分な保障が確保されていない。
 
しかし、であるからこそ、市場の論理に基づいた権力構造と独立した(しなければならない)機関が、クリエイティブ労働に従事するアクターを「労働者」としてとらえ、労働者の権利を守っていくことが、すべてのアーティストやクリエイターが、市場主義や競争主義にとらわれず自分の仕事にやりがいを感じるために必要不可欠であると感じる。

今本当に必要とされているのは、短期間の芸術振興プロジェクトだけではなく、日本の文化芸術活動を根底から支える政策や、クリエイティブ労働に従事するすべての人間の労働の権利を保障する抜本的な政策なのではないだろうか。


中條千晴(ちゅうじょう・ちはる)◎仏リヨン第三大学准教授。1985年生まれ。専門は文化社会学、ポピュラー音楽とジェンダー。翻訳に『女性ジャズミュージシャンの社会学』(青土社、2023年)、代表的論文に「Women's movements in Japan in the 1970s : Transgression and Rejection」in Eileen B et al,「Engendering Transnational Transgressions」(共著 Routeledge、2021年)、「フィメールラッパーの恋愛表象 : 逸脱・密猟・対話」(ユリイカ 青土社、2023年)など。

一般社団法人デサイロ(De-Silo)は、人文・社会科学分野の研究者を伴走支援し、社会との多様な接点をつくるアカデミックインキュベーターです。「いま私たちはどんな時代を生きているのか」を研究者とともに探り、そのなかで立ち現れるアイデアや概念を頼りに、来るべき社会の探索と構想を目指します。

文=中條千晴 企画・編集=一般社団法人デサイロ

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年6月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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