キャリア

2024.03.10 13:30

世界をイノベーションで魅了するエンターテイナー。イリュージョニスト──北野唯我「未来の職業」ファイル

COLUMN インタビューを終えて

「ゼロコンマ数秒の世界平和」はすぐつくれる

この日の取材場所は井の頭公園。彼が10代で世界一になるキッカケを生んだ場所だ。少年の日に目撃した“魔法”を、HARAさんが再現してくれた。光を反射するシャボン玉が空に舞うと、一瞬にして彼の手のひらにガラスのボールが現れた。目を丸くした観客から驚きの声が聞こえる。

イリュージョニスト。それが今回取材した職業である。私は冒頭で素朴な質問をした。マジシャンとの違いは何か?

彼は答えた。マジシャンはトランプや道具を使って「マジック」を見せる仕事。イリュージョニストは「幻」や「幻想」を見せる仕事。簡単に言うと、よりスケールが大きいのだ。池の上を歩く。夜空の月を消す。時にこんなことすら実現させるらしい。

スケールが違うと、かかわる人の数や予算、必要なテクノロジーの量が当然違う。ひとつの作品に10人以上のスタッフ、制作に億単位の予算がかかることもあるという。目的はただひとつ。「まだ見たことがないイリュージョンを見せて、驚き、感動してもらうこと」。

私は言った。「映画監督みたいですね」と。映画監督もチームをまとめながら、自分のビジョンをひとつの作品にする。その意味で「似ている」と思ったのだ。

すると彼はこう言った。「いえ、むしろ映画を開発したのがイリュージョニストなんですよ」と。いわく、フランスのジョルジュ・メリエス(1861-1938)が、舞台で観客を驚かすために生み出したものが特撮映画の始まりなのだという。ほかにも「プロジェクター」や「電磁石」。こういったものも、実はこの職業が生み出した技術だというのだ。「これは面白い!」。私は叫んだ。

なぜなら、この過程は「職業の進化がテクノロジーにどう影響を与えるか?」を示しているからだ。言い換えると、技術が進化して新たな職業が生まれるのではなく、職業が先に進化をする過程で技術を生み出している。そうとらえることができる。

カフェでの対談の最後、私は尋ねた。「この仕事の最大の面白さはなんですか?」と。

彼は答えた。「世界のどこに行っても、ゼロコンマ数秒の平和を生み出せることです」と。そして、手元の角砂糖を一瞬で消してみせた。その瞬間、私たち取材班は「えっ?」と驚き、そして笑顔になった。

彼は「ほらね」と言わんばかりの表情をした。ゼロコンマ数秒の世界平和。井の頭公園の片隅から、その可能性を感じた瞬間だった。


HARA◎1990年、奈良県出身。本名:原 大樹(はら・ひろき)。自然豊かな十津川村で育つ。幼少より独学でマジックを修得。2009年、高校3年生で出場したラスベガスの世界大会「World Magic Seminar Teens contest」で日本人初のグランプリ。14年、無重力状態でのマジックに成功。19年、マジック界のアカデミー賞と呼ばれるIMSマーリン・アワード受賞。プロジェクションマッピングやホログラム演出のアドバイザーとしても、国内外で多くの舞台やライブの演出を務めている。自伝的な小説に『マジックに出会って ぼくは生まれた』(著・涌井 学)がある。趣味はサウナと茶道。

Yuiga Kitano◎
1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『仕事の教科書』ほか。近著は『キャリアを切り開く言葉71』。

文=神吉弘邦(本文)北野唯我(コラム) 写真=桑嶋 維

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年3月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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